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Re: 生石神社

 投稿者:MURY  投稿日:2021年 1月 5日(火)16時41分26秒
返信・引用
  > No.1336[元記事へ]

私も約10年前に、紀ノ川近くのビジネスホテルに宿を借りてあの辺りを周遊したのを思い出します。

生石神社、ぜひ行かれてみてください。
生石高原の上にありますが、車で(やや幅狭ですが)神社手前まで行けます。立地的には、こんなところにあるんだと少し不思議な感想も抱きました。
この高原でガソリン表示灯が点灯したのに気づいて、焦って下り坂をほぼ慣性で返ってガソスタを探したにも懐かしい思い出です。

八雲神社の位置も地図検索で見た時に、予想と反して国道23号の海岸側なんだと意外に思いました。
山がないところの山ノ神の習俗もよく見ますが、たしかに興味深いですね。
 
 

生石神社

 投稿者:uzi  投稿日:2021年 1月 4日(月)21時12分23秒
返信・引用
  兵庫県高砂市の生石【おうしこ】神社です。
和歌山県の有田にも生石【せうせき】神社があったんですね。知りませんでした。
しかもオオナムチ、スクナヒコナと同じ御祭神。
有田といえば20年ほど前、和歌山の日前神宮・國懸神宮、伊太祁曾神社等を廻った折、有田川のそばのビジネスホテルに泊まったのを思い出しました。
有田市千田の須佐神社にも近いし、また同じコースをたどって生石神社にも行きたくなりました。

北斗さんが八雲神社に集められたのは昭和60年頃だそうです。
いつ頃から祀られていたのか、資料などが無く不明のようです。
旧三雲村には、山ノ神も方々で祀られています。
名張と違い山が無いのに興味深いです。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: 岩石祭祀巡り

 投稿者:MURY  投稿日:2021年 1月 3日(日)10時41分22秒
返信・引用
  > No.1334[元記事へ]

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

岩石祭祀巡りということで、ご投稿を楽しく読ませていただきました。
生石神社は兵庫県高砂市の有名な石の宝殿のところでしょうか。和歌山県の有田にも巨岩をまつる生石神社があるもので。
https://www.megalithmury.com/2017/08/blog-post_20.html

松阪市笠松町の「北斗さん」「七つ石」は、類例を知りませんが、大変珍しい石の風習と感じます。
町全体に北斗七星の形に置かれるとなると、一部流行りのレイライン的な発想も思い出しますが、笠松町の例はいつ始まったものか興味深いです。
 

岩石祭祀巡り

 投稿者:uzi  投稿日:2021年 1月 3日(日)08時36分12秒
返信・引用
  明けましておめでとうございます。
昨年は、生石神社と松阪(旧三雲村)の山ノ神巡りでした。
松阪市笠松町の八雲神社へ山ノ神碑を見に行ったおり、「北斗さん」「七つ石」と呼ばれているものがありました。
(添付写真。北斗七星の形に置かれているもの)(手前は山ノ神碑)
その石には北斗七星の個々の星の名(中国名)が刻まれています。
元々は町全体に北斗七星の形に置かれていたものだそうです。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: 沖縄の祭祀

 投稿者:MURY  投稿日:2020年 1月 6日(月)21時23分18秒
返信・引用
  > No.1332[元記事へ]

他にも霊石が採集されていて、一つ一つ名前が違うんですね。

ヒヌカンの佇まいが好きです。
 

沖縄の祭祀

 投稿者:uzi  投稿日:2020年 1月 4日(土)07時57分0秒
返信・引用
  一枚目は「ビジル」という名前がついていて宮古島の霊石だそうです。
1979年に複製したものと書かれていました。
二枚目は「ヒヌカン」(沖縄県竹富町)で火の神だそうです。山の神と同じような命名の仕方ですね。
1978年収集だそうです。
「ヒヌカン(火の神)・ニーバ(屋敷神)
沖縄のイエでは、竈の神であるヒヌカンや、屋敷を守護する地神であるニーバなど、さまざまなイエの守護神が広く信仰された。」
そうです。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: あけましておめでとうございます

 投稿者:MURY  投稿日:2020年 1月 4日(土)00時52分58秒
返信・引用
  > No.1330[元記事へ]

uziさん、あけましておめでとうございます。

新年から素晴らしい霊石をありがとうございます。

テンジローブチで検索してもほとんど出てこないですね。

奇石と呼ぶにふさわしい、唯一無二の形状です。
インスピレーションを湧きたてられた人がいたのでしょう。
博物館に入れられると、保管性と公表性は増しますが、信仰は止まってしまったとも思ってしまいます。
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:uzi  投稿日:2020年 1月 2日(木)10時00分35秒
返信・引用
  本年もよろしくお願い致します。

写真は、霊石「テンジローブチ」(宮古島)
千里の国立民族学博物館で撮影しました。「1954年収集」と書かれていました。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/

 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 4月 1日(月)02時15分8秒
返信・引用
  > No.1324[元記事へ]

『古墳の方位と太陽』(同成社、2017年)を御紹介いただきまして、ありがとうございます!是非とも読んでみます!
読書のスピードがすごく遅くなってきてるので、忘れた頃にお返事すると思います!!
 

Re: 出水の酒舟石

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月23日(土)23時43分29秒
返信・引用
  > No.1323[元記事へ]

uziさんへのお返事です。

飛鳥京跡苑池、復元の状態が面白そうですね。
ここ10年に史跡整備された所の情報が追い付いておらず、飛鳥資料館や亀形石造物などもまた見学しにいかないといけません。
(もう一度見たいのは益田岩舟です)

> 明日香の甘南備(神名火)有力候補ミハ山にも登りました。

飛鳥坐神社が829年まで鎮座していたという「飛鳥神奈備」ですね。
「甘橿丘」「雷岡」「ミハ山」の3ヶ所が主な候補地でよかったでしょうか。

甘南備の上の神社がありうるかという点ですが、三輪山が目立つだけで、奈良県に山の上の神社はまま見られますし、候補地はいずれも低山ですから、社殿という形で存在してもおかしくないと思います。
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月23日(土)23時34分52秒
返信・引用
  > No.1322[元記事へ]

チェリーさんへのお返事です。

> ラインを「方位線」・「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ分けて考えることに大賛成です!

チェリーさんの太鼓判をいただけてほっとしました。
人工・自然は置いておき、結果として生じる「一つの線」を当時の人々がどう認知しえたかというところへ問題意識が移ってきています。

> 「方位線」はとんでもなく奥が深くて、頭がおかしくなってしまうような事例に遭遇することがありますので、注意が必要です…

チェリーさんには、ぜひ考古学者の北條芳隆さんが書かれた『古墳の方位と太陽』(同成社、2017年)をお読みになって、ご講評いただきたいです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4886217648/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_hcKLCbRXAYBVK

私には素養がなく読むのが難しく、頁をめくりながら、チェリーさんならどう思われるだろうか、と思いを巡らせていました。
お値段が高い本ですが、ご検討いただけないでしょうか。

> 三重県鈴鹿市の「入道ヶ岳」の写真を載せますね!頂上の鳥居からの写真なのですが、奥の宮は、その背後に覗く山を意識して建てられているように思います。この山が、鈴鹿山脈第二の高峰「雨乞岳」なのです!この場合は方位の角度はありません。

昔、『東アジアの古代文化』28号で辰巳雅之氏が書かれた「山と巨石と太陽祭祀」の一節を思い出しました。以下に引用します。

「京都の松尾大社の背後には、近江の日吉神社の神体山、八王子山に似た秀麗な小峰がある。ところがふだんはまったく見えず、白いもやなどのかかった時だけ見えるのだ。もやは、わずかな遠近感をあざやかに浮きだたせる作用を持つ。」

こちらは「もや」を手がかりにした現地体感的な「山のさらに奥の山」を評価する話ですが、上から俯瞰して考える視点とはまた異なり、印象に残っていました。
 

出水の酒舟石

 投稿者:uzi  投稿日:2019年 3月23日(土)21時12分6秒
返信・引用
  「飛鳥の石造物と岩石信仰」を拝見いたしました。
私は、松本清張の小説「火の路」で、出水の酒舟石の存在を知りました。
ずっと後に、飛鳥資料館でそのレプリカを見て、形状を知りました。
今年2月飛鳥京跡苑池に行きましたが、休憩室だったかに苑池に関する文書、写真とともに、苑池のレプリカ(添付写真)があり、出水の酒舟石がこの地で発見されたことを知りました。
明日香の甘南備(神名火)有力候補ミハ山にも登りました。
こちらの掲示板に頂上付近の磐座?の写真をアップしようかと思っていたら、MURYさんがちゃんとアップされていました。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月23日(土)02時43分46秒
返信・引用
  > No.1321[元記事へ]

MURYさん、ありがとうございます!

群馬県教育委員会の埋蔵文化財マップ「マッピングぐんま」を開くことができました。
櫃石・西大室丸山遺跡とも、径100mくらいの範囲で表示されていました。
それぞれの中心あたりを直線でつなぐと、産泰神社の社殿の奥から40mくらい東を通りました。石山からだともっと近いことになります。レイラインの可能性は十分あると思います!

ラインを「方位線」・「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ分けて考えることに大賛成です!「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」は直感的に理解しやすいのですが、「方位線」はとんでもなく奥が深くて、頭がおかしくなってしまうような事例に遭遇することがありますので、注意が必要です…

三重県鈴鹿市の「入道ヶ岳」の写真を載せますね!頂上の鳥居からの写真なのですが、奥の宮は、その背後に覗く山を意識して建てられているように思います。この山が、鈴鹿山脈第二の高峰「雨乞岳」なのです!この場合は方位の角度はありません。

鳥居の右側は、鎌ヶ岳と、その奥に御在所岳です。雨乞岳も、御在所岳も、その西は京都御所になります。この方位のラインが御在所岳の名前の由来候補にならないかなぁ…と秘かに思っているのですが…


 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月17日(日)21時34分38秒
返信・引用
  > No.1320[元記事へ]

ご教示ありがとうございます。

ラインを「方位線」と「太陽の運行線」と「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ頭を分けて考えたいと思っていまして、そうすれば自分なりの理解が進むかと勉強中です。

> 産泰神社の石山は、社殿のすぐ後ろでしょうか?

社殿のすぐ後ろです。

櫃石と西大室丸山遺跡については、私のgoogleマップにもおおよその位置を載せていますが、せっかくなので正確な位置を調べてみました。
奈良文化財研究所の「遺跡データベース」には座標データもあったのですが、なぜか両遺跡とも登録されていませんでした。昔あったような気がするのは気のせいか・・・。

そこで今度は群馬県教育委員会の埋蔵文化財マップが「マッピングぐんま」(https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/Portal)として公開されていますので、こちらで調べてみました。

櫃石
https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/detail?fid=799-270&frp=true

西大室丸山遺跡
https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/detail?fid=261-270&frp=true

リンク先はURLコピペですか見られますでしょうか?
極めて残念なことに座標データが掲載されていませんね。残念!
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月17日(日)15時42分50秒
返信・引用
  > No.1318[元記事へ]

> 櫃石はどう思われますか?
> 櫃石・産泰神社・西大室丸山遺跡の3点でむすぶと直線に近いラインができるのですが、南北線からはずれていきます。

方位の角度で測っていなくても、太陽の動きに関係なくても、直線性を持ったラインはもちろんありです!もともとレイラインはそういったもでは?と思います。とりあえず、私は100m幅の帯に入ればOKとしています。

産泰神社の石山は、社殿のすぐ後ろでしょうか?
櫃石・西大室丸山遺跡とも正確な位置が拾えていないのですが、その3点は多分100m幅に入ると思います。

MURYさんのおっしゃるように、現地の景観が始めの一歩だと思います。ですから、櫃石から見て、または櫃石を目指して直線に並ぶ自然石をポイントとして祀るようになった可能性は十分あると思います。

三輪山周辺も、飛鳥周辺もすごいボリュームで!ゆっくり拝見させていただきます!
 

大峰山の御亀石

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月17日(日)13時29分52秒
返信・引用
  写真を整理していて気が付いたのですが…
2年前に大峰山に登りました。
五番関から南に進んだのですが、「鐘掛岩」からすぐ南に「御亀石」がありました。
亀といった感じはなくて、なだらかな何かの背中が覗いているといった風情なのですが、今思うと、玉置神社の「玉石社」の石と似てるなぁ…
陀羅尼助丸のお店のホームページの中に、役行者が「お亀石」の場所で33回目の座禅の時に悟りを開かれたとありました。石の上だったのかなぁ…そのままでは傾斜があって座りにくいと思うけど…玉石社の石も、ひょっとして、その上で座禅を組んだのかもしれない…と思いました。
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月17日(日)13時20分37秒
返信・引用
  > No.1317[元記事へ]

地図つきありがとうございます。

> 産泰神社から三夜沢赤城神社まで 359.86°でした

神社と神社同士ですから、有意性を認めたくなります。
三夜沢赤城神社の参道と富士山もなるほどなあと思います。

櫃石はどう思われますか?
櫃石・産泰神社・西大室丸山遺跡の3点でむすぶと直線に近いラインができるのですが、南北線からはずれていきます。

神社も石も同一の線上で真北線上に並べられれば良いと思っていたのか、流れ山同士は自然地形だから、地理上の制約が優先されたのでしょうか。
 

三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月12日(火)22時51分13秒
返信・引用
  400×300ピクセル以下ならば、出所を明示すれば申請の必要がないとのことですので、地図を掲示させていただきますね!
少しだけ調べてみたのですが、産泰神社から三夜沢赤城神社まで 359.86°でした(北を0°として時計回り)。これは真北と言っていいと思います。産泰神社の巨石群・大室丸山遺跡の遺物集中範囲の正確な位置がわからないのですが、これらの場所から真北の位置に三夜沢赤城神社を建立した可能性はあると思います。
三夜沢赤城神社の参道を真っ直ぐ延ばすと富士山でした!この神社が、こういった直線を重要視するのであれば、巨石群から真北というラインも、あったのかもしれません。
櫃石から真南が荒砥荒子遺跡のような気がしますが、これも両者の位置がはっきりわからないので、何とも言えないです…
 

金生山

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 2月13日(水)00時25分35秒
返信・引用
  金生山!
石山寺を彷彿とさせる、有名な奇岩のお寺として存じております。
大垣市なんですよね。近いのに、行っていませんが、行きたくなりました。

お堂内で岩肌を見せるやり方、全国にいくつかありますよね。
岩巣という名前、静岡県や瀬戸市にもその名前を見かけたことがあります。
だいたい、岩が群れている場所に名付けられている印象です。
 

虚空蔵(こくぞう)さん(続)

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 2月11日(月)21時15分22秒
返信・引用
  上の写真は本堂の奥です。岩を祀っていると思います。
真ん中の写真は本堂の左上方で、岩巣公園という名前が付いているようです。よく見ると牛の頭部の像が見えます。
下の写真はどのお堂だったのか…慌ててたのでしっかり写真が撮れなかったのを思い出しました。
また行かなきゃ…
 

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