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Re: 難転石

 投稿者:MURY  投稿日:2018年 7月15日(日)22時03分42秒
返信・引用
  > No.1276[元記事へ]

情報ご提供ありがとうございます。

おもしろいですね~
高速回転しているらしいじゃないですか。
実際に見てみたいです。

石も2個あって、色がそれぞれ違うのも人に当たる影響が違うのではと、石の観点からは心に留めたい事実です。
 
 

難転石

 投稿者:uzi  投稿日:2018年 7月15日(日)07時17分17秒
返信・引用
  JR大阪駅から少し歩いた所にあるお初天神(露天神社)にありました。
ボーリングの玉位あろうかと思われる大きさです。
水圧で浮き上がって回転しています。
歴史もアイデアも新しいものと思われます。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/index.html

 

Re: 六甲山の岩石祭祀

 投稿者:MURY  投稿日:2018年 6月14日(木)20時27分40秒
返信・引用
  > No.1274[元記事へ]

発刊おめでとうございます。

「岩のもつ多面的な姿」という視点は、岩石が祭祀・信仰にとどまらないということだと思います。
生活全般の中での山や石を掘り下げることで、一般的な「イワクラ」に収まらない岩論を提示されたのだと拝察します。

石工など、石材を生業とされている方々にも広く読まれたい内容ですね。

六甲山系には数々の文脈による人間の痕跡が残っていますので、ひとつひとつを浮き彫りにするのは、大変な作業ではないかと思います。
 

六甲山の岩石祭祀

 投稿者:yamauo  投稿日:2018年 6月11日(月)08時33分27秒
返信・引用
  お久しぶりです。
このたび創元社より『六甲岩めぐりハイキング』と題する本を刊行いたしました。
書名はハイキングとなっておりますが、本書の目的は岩を単に登山とのかかわりの中で見るのではなく、岩のもつ多面的な姿を六甲山という里山を舞台にして明らかにすることにあります。紙面の関係上、どれもほんの一部の紹介にとどまっていますが、六甲山の登山史、地質、地誌、徳川採石場、山論、伝承、磐座、雨乞い、修験など、岩にまつわる様々なエピソードに触れております。
岩石祭祀については、
保久良神社の磐座(祭祀遺跡・樋口清之)
越木岩神社と北山の磐座群(三輪山・大国主西神社)
芦屋川の弁天岩(雨乞い・『磐座紀行』藤本浩一)
北山の夫婦岩(たたり石・『磐座紀行』藤本浩一)
摩耶山頂の天狗岩(六甲修験道・天上寺)
六甲山頂付近の雲が岩(六甲修験道・多聞寺)
六甲山頂付近の三国岩(六甲修験道・山論)
石の宝殿の磐座(六甲修験道・広田神社・雨乞い)
石楠花山の天狗岩(六甲修験道)
ごろごろ岳の剣岩(古神道・荒深道斉)
古寺山の修行岩(多聞寺・平清盛)
船坂谷の老ヶ石(たたり石)などを紹介しております。

https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3852

 

平成三十年年頭挨拶

 投稿者:MURY  投稿日:2018年 1月 4日(木)20時10分2秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。

今年も、石の知の底上げに寄与したいと、日々勉強してまいります。
 

(無題)

 投稿者:uzi  投稿日:2018年 1月 2日(火)21時33分49秒
返信・引用
  あけまして おめでとうございます
本年もよろしくお願い致します

画像は、
墨坂神社でお祀りされていた石です。
 

美の呪力

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 7月 4日(火)01時53分8秒
返信・引用
  wikipedia情報で見たレベルですが、2007年に作られたイヌクシュクがギネス記録の高さを持つと書いてあったので、今も現地の人々に作られ続けているものと思っていましたが、基本は途絶えている文化だったんですね。

これもwikipediaの記述ですが

――イヌクシュクの発達が、ヨーロッパの宣教師や探検家出現の以前だったのか以後だったのかについては説が分かれる

エヌクソ・ポイントのあるバフィン島と聞くと、19世紀のジョン・フランクリン隊の失踪事件を思い出します。一時期関心を持った歴史上の出来事です。

フランクリン隊はイヌクシュクを見たのでしょうか・・・。
 

美の呪力

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 7月 2日(日)21時48分30秒
返信・引用
  イヌクシュクは、「美の呪力」によると「七、八十年前までエスキモーによって作られていた」そうですが、その目的が現在でははっきりと解らないようです。岡本太郎さんが亡くなられて20年以上経過しておりますし、本のあとがきの日付が「1971年3月」となっています。
「エヌクソ・ポイントと呼ばれる岬には今でも百以上のイヌクシュクが見られるが、ある時期には二百をこえていたという。」
「これがたとえ明らさまな人形【ひとがた】ではなくても、生活の中の神聖な像であり、呪術的役割を果たしていることは確かである。」
「昔はエスキモーの集落はキャンプを張ると必ず近くの丘に一つのイヌクシュクを建てたという伝えもある。」
「一族がながい危険な旅に出るときにも、イヌクシュクを建てたという。」
土地の言葉で「イヌクシュク」は、「人間的力で行為するもの」という意味だそうです。
「」内は「美の呪力」からの抜粋です。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: イヌクシュク

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 7月 2日(日)15時36分50秒
返信・引用
  > No.1268[元記事へ]

燃え盛る炎のような背景を見て、岡本太郎氏が縄文の火焔形土器を見てインスピレーションを受けたという話を思い出しました。

子供の頃、私も油絵を描いていたころがあるのですが、石を油絵で表現する一種独特の難しさを感じたことがあります。

石を描きたいし、イメージは頭にあるのに、キャンパスで色を載せていくと、表現できない。

単に、才能の問題とも言いますね(笑)

> イヌクシュクは、2010年バンクーバーオリンピックのシンボルにもなったそうです。

ケルンのようなものだと思っていましたが、どうやら意図が違うようですね。

現代でも作られ続けている巨石記念物、といったところでしょうか。
 

イヌクシュク

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 6月30日(金)20時23分26秒
返信・引用
  岡本太郎さんの書かれた「美の呪力」という本でイヌクシュクを知りました。
ウィキペディアで調べたら、何体かの写真も掲載されていました。
しかし「美の呪力」に掲載されていた写真(松藤庄平氏撮影)がなんとも魅力的というか、
重量感・迫力があるというか、衝撃を感じました。
ぜひ絵に描いてみようと思いました。

イヌクシュクは、2010年バンクーバーオリンピックのシンボルにもなったそうです。
それも知りませんでした。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: 旧・引佐町

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 5月14日(日)22時17分49秒
返信・引用
  > No.1266[元記事へ]

湖西市加藤さんへのお返事です。

> 「幡教寺跡」の休憩所から南奥へ約100Mに「岩の中に岩がある」珍しい巨石が有ります。以前は岩石名を知らせる案内板が有りましたが、今は在りません。富幕山の東600M、奥山コース登山道脇にも同じ岩石があります。どなたか岩石名を知っていますか。

存じ上げません。「岩の中に岩がある」とはどんな状態なんでしょう。
私も知りたいです。
 

Re: 旧・引佐町

 投稿者:湖西市加藤  投稿日:2017年 5月13日(土)16時31分41秒
返信・引用
  PONTAさんへのお返事です。

> ・鳴岩→「岩屋観音」と呼ばれていたと思うのですが、調査中。
> ・幡教寺の巨石→「幡教寺跡」ですね。廃寺で石垣は残ってますが・・・巨石はなかったような・・・いつか行ってきます。
> ・浄居院の巨岩群→「背山という山にあるのが浄居院です」ということですが、「背山」は地名かと思います。巨岩群? お堂の背後に白岩と呼ばれる巨岩があります。裂けていて、裂け目に稲荷が祀られています。階段を登って、割れ目を真上から見ると怖いです。
> http://www.doukutu.co.jp/hikingpoint-jokyoin.html

「幡教寺跡」の休憩所から南奥へ約100Mに「岩の中に岩がある」珍しい巨石が有ります。以前は岩石名を知らせる案内板が有りましたが、今は在りません。富幕山の東600M、奥山コース登山道脇にも同じ岩石があります。どなたか岩石名を知っていますか。
 

鷺山古墳

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 5月 7日(日)18時44分17秒
返信・引用
  写真のご投稿ありがとうございます。

直径10mの円墳。王道の後期群集墳の装いですが、壁画は特異ですね。
なぜ魚を刻んだのか?
魚の線刻の拓本や実測図など、報告書に載っているのでしょうね。
 

画像サイズダウンしました

 投稿者:せんざき  投稿日:2017年 5月 7日(日)17時17分34秒
返信・引用
  こんにちは。

画像サイズダウンにて送信させていただきます。
画質などでお気づきの点がありましたら、教えてやってください。

よろしくお願いいたします。

 

Re: 漢字のお勉強

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 4月10日(月)02時36分27秒
返信・引用
  > No.1262[元記事へ]

面白い!
こういう勉強の着眼点、目からうろこです。新しい視点をいただきました。

石の甲骨文字の形。へえ~その1です。

石の塊を意味しない、と断言するかっこよさ。

石は、祝詞を入れる器としての石というくだりは、広げれば、宗教的なものを宿す存在が石なのだと感じられ、哲学的です。

石を用いた漢字に、神事に関連するものが多いということは、岩石信仰は中国と共通した心ということでしょうか。

山から切り離せない存在として石が成立しているのも、意味深です。
 

漢字のお勉強

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 4月 9日(日)12時21分47秒
返信・引用
  漢字の勉強を始めました。小学一年生で習う漢字から始めております。
昔買った漢和大字典があるのですが、どうせ勉強するならと、白川静さんの「常用字解〔第二版]」(平凡社)を購入しました。(「字統」や「字通」は高価なので)
画像は、小学一年生で習う「石」に関する白川静さんの解釈です。
こういう勉強なら面白いです。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: 巨石の地震破断に関する論文

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 3月30日(木)22時37分14秒
返信・引用
  > No.1260[元記事へ]

文献のご紹介ありがとうございます。

600ページ近い大著ではないですか。大ボリューム。
ご紹介いただいたページを中心に、つまみ食い的に読んでいます。
データベースとして、事あるごとに参照したいです。

イワクラ業界の皆さんに広く読まれるといいですね。
 

巨石の地震破断に関する論文

 投稿者:滝おやじ  投稿日:2017年 3月28日(火)00時30分0秒
返信・引用
  ご参考まで。この報告書がつい最近出版されました。
花崗岩巨石の基礎文献として、永久に残る世界的文献と思います。こうゆう情報がインターネットで簡単に見られるというのは本当に現代の幸せです。

池田 碩(2017)1995.1.17 大地震と六甲山地 - 近畿地方整備局 - 国土交通省
www.kkr.mlit.go.jp/rokko/disaster/pdf/20y-from1995.pdf
阪神淡路大震災の地震動による花崗岩巨石の破断移動例です。
巨石については、p21~28、p170ごろからp273あたり。
ご参考まで。

http://chibataki.moo.jp/

 

Re: 安産の腰掛石

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 3月22日(水)23時27分31秒
返信・引用
  > No.1258[元記事へ]

昔読んだ本を、後になって読むと気づかされるとき、私もあります。

>穴太の村の山中

また貴重な話で・・・。
検証不能なのが寂しいですが、せめて記憶にとどめることにします。

今日UPした徳島県の金丸八幡神社の列石も、最近、道路工事の細腕一部の石が削られたようで残念です。
石って、見る人から見れば、ほんとただの石ころですからねえ。

私は、それも含めて歴史と見る立場なので、それに対して怒りや非難活動をすることはありませんが、個人感情としてはあーもったいないというのが正直な気持ちです。

自然の石っころなわけですから、復元不可能ですもんね。
復元しただけで、人の造作が入ってしまう。

>安産の腰掛石

春日大社の磐座みたいな景色の石ですね。
 

安産の腰掛石

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 3月21日(火)17時51分13秒
返信・引用
  ひさしぶりに白州正子著「近江山河抄」を手に取り最初から読み始めましたら
、以下の文章に行き当たりました。以前読んだはずなんですけど、記憶にありませんでした。

 巨石信仰といえば、日吉大社に近い穴太の村の山中で、異様なものに出会ったことがある。六畳敷ほどもある大きな石を、円形に並べただけのものだが、森閑とした雑木林の中で、突然あらわれた時は息を呑んだ。縄文人が車座になって会議でもしたのでしょうか、とは写真家の前野氏の感想だが、八百万の神々が集まった聖地だといわれても、私はきっと信じたに違いない。最近聞いた話では、道路工事のために壊されたというが、もったいないことをするものである。日本人ほど文化々々とわめきながら、文化を大切にしない国民はいない。それは自分自身を大切にしないことに通じる。高松塚古墳にしても、ジャーナリズムにのせられて騒いでいるだけのことで、考古学者が土中に埋めてしまいたい気持が、私にはよくわかるような気がする。(講談社文芸文庫P13)

末尾の年譜に、
一九七二年八月、「近江山河抄」を「芸術新潮」に一〇回にわたって連載。
とあります。

写真は石山寺にあった「安産の腰掛石」です。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

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