teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 4月 1日(月)02時15分8秒
返信・引用
  > No.1324[元記事へ]

『古墳の方位と太陽』(同成社、2017年)を御紹介いただきまして、ありがとうございます!是非とも読んでみます!
読書のスピードがすごく遅くなってきてるので、忘れた頃にお返事すると思います!!
 
 

Re: 出水の酒舟石

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月23日(土)23時43分29秒
返信・引用
  > No.1323[元記事へ]

uziさんへのお返事です。

飛鳥京跡苑池、復元の状態が面白そうですね。
ここ10年に史跡整備された所の情報が追い付いておらず、飛鳥資料館や亀形石造物などもまた見学しにいかないといけません。
(もう一度見たいのは益田岩舟です)

> 明日香の甘南備(神名火)有力候補ミハ山にも登りました。

飛鳥坐神社が829年まで鎮座していたという「飛鳥神奈備」ですね。
「甘橿丘」「雷岡」「ミハ山」の3ヶ所が主な候補地でよかったでしょうか。

甘南備の上の神社がありうるかという点ですが、三輪山が目立つだけで、奈良県に山の上の神社はまま見られますし、候補地はいずれも低山ですから、社殿という形で存在してもおかしくないと思います。
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月23日(土)23時34分52秒
返信・引用
  > No.1322[元記事へ]

チェリーさんへのお返事です。

> ラインを「方位線」・「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ分けて考えることに大賛成です!

チェリーさんの太鼓判をいただけてほっとしました。
人工・自然は置いておき、結果として生じる「一つの線」を当時の人々がどう認知しえたかというところへ問題意識が移ってきています。

> 「方位線」はとんでもなく奥が深くて、頭がおかしくなってしまうような事例に遭遇することがありますので、注意が必要です…

チェリーさんには、ぜひ考古学者の北條芳隆さんが書かれた『古墳の方位と太陽』(同成社、2017年)をお読みになって、ご講評いただきたいです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4886217648/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_hcKLCbRXAYBVK

私には素養がなく読むのが難しく、頁をめくりながら、チェリーさんならどう思われるだろうか、と思いを巡らせていました。
お値段が高い本ですが、ご検討いただけないでしょうか。

> 三重県鈴鹿市の「入道ヶ岳」の写真を載せますね!頂上の鳥居からの写真なのですが、奥の宮は、その背後に覗く山を意識して建てられているように思います。この山が、鈴鹿山脈第二の高峰「雨乞岳」なのです!この場合は方位の角度はありません。

昔、『東アジアの古代文化』28号で辰巳雅之氏が書かれた「山と巨石と太陽祭祀」の一節を思い出しました。以下に引用します。

「京都の松尾大社の背後には、近江の日吉神社の神体山、八王子山に似た秀麗な小峰がある。ところがふだんはまったく見えず、白いもやなどのかかった時だけ見えるのだ。もやは、わずかな遠近感をあざやかに浮きだたせる作用を持つ。」

こちらは「もや」を手がかりにした現地体感的な「山のさらに奥の山」を評価する話ですが、上から俯瞰して考える視点とはまた異なり、印象に残っていました。
 

出水の酒舟石

 投稿者:uzi  投稿日:2019年 3月23日(土)21時12分6秒
返信・引用
  「飛鳥の石造物と岩石信仰」を拝見いたしました。
私は、松本清張の小説「火の路」で、出水の酒舟石の存在を知りました。
ずっと後に、飛鳥資料館でそのレプリカを見て、形状を知りました。
今年2月飛鳥京跡苑池に行きましたが、休憩室だったかに苑池に関する文書、写真とともに、苑池のレプリカ(添付写真)があり、出水の酒舟石がこの地で発見されたことを知りました。
明日香の甘南備(神名火)有力候補ミハ山にも登りました。
こちらの掲示板に頂上付近の磐座?の写真をアップしようかと思っていたら、MURYさんがちゃんとアップされていました。

https://miniuzi0502.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月23日(土)02時43分46秒
返信・引用
  > No.1321[元記事へ]

MURYさん、ありがとうございます!

群馬県教育委員会の埋蔵文化財マップ「マッピングぐんま」を開くことができました。
櫃石・西大室丸山遺跡とも、径100mくらいの範囲で表示されていました。
それぞれの中心あたりを直線でつなぐと、産泰神社の社殿の奥から40mくらい東を通りました。石山からだともっと近いことになります。レイラインの可能性は十分あると思います!

ラインを「方位線」・「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ分けて考えることに大賛成です!「太陽の運行線」・「それ以外の直線(レイライン)」は直感的に理解しやすいのですが、「方位線」はとんでもなく奥が深くて、頭がおかしくなってしまうような事例に遭遇することがありますので、注意が必要です…

三重県鈴鹿市の「入道ヶ岳」の写真を載せますね!頂上の鳥居からの写真なのですが、奥の宮は、その背後に覗く山を意識して建てられているように思います。この山が、鈴鹿山脈第二の高峰「雨乞岳」なのです!この場合は方位の角度はありません。

鳥居の右側は、鎌ヶ岳と、その奥に御在所岳です。雨乞岳も、御在所岳も、その西は京都御所になります。この方位のラインが御在所岳の名前の由来候補にならないかなぁ…と秘かに思っているのですが…


 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月17日(日)21時34分38秒
返信・引用
  > No.1320[元記事へ]

ご教示ありがとうございます。

ラインを「方位線」と「太陽の運行線」と「それ以外の直線(レイライン)」にそれぞれ頭を分けて考えたいと思っていまして、そうすれば自分なりの理解が進むかと勉強中です。

> 産泰神社の石山は、社殿のすぐ後ろでしょうか?

社殿のすぐ後ろです。

櫃石と西大室丸山遺跡については、私のgoogleマップにもおおよその位置を載せていますが、せっかくなので正確な位置を調べてみました。
奈良文化財研究所の「遺跡データベース」には座標データもあったのですが、なぜか両遺跡とも登録されていませんでした。昔あったような気がするのは気のせいか・・・。

そこで今度は群馬県教育委員会の埋蔵文化財マップが「マッピングぐんま」(https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/Portal)として公開されていますので、こちらで調べてみました。

櫃石
https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/detail?fid=799-270&frp=true

西大室丸山遺跡
https://www2.wagmap.jp/pref-gunma-iseki/detail?fid=261-270&frp=true

リンク先はURLコピペですか見られますでしょうか?
極めて残念なことに座標データが掲載されていませんね。残念!
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月17日(日)15時42分50秒
返信・引用
  > No.1318[元記事へ]

> 櫃石はどう思われますか?
> 櫃石・産泰神社・西大室丸山遺跡の3点でむすぶと直線に近いラインができるのですが、南北線からはずれていきます。

方位の角度で測っていなくても、太陽の動きに関係なくても、直線性を持ったラインはもちろんありです!もともとレイラインはそういったもでは?と思います。とりあえず、私は100m幅の帯に入ればOKとしています。

産泰神社の石山は、社殿のすぐ後ろでしょうか?
櫃石・西大室丸山遺跡とも正確な位置が拾えていないのですが、その3点は多分100m幅に入ると思います。

MURYさんのおっしゃるように、現地の景観が始めの一歩だと思います。ですから、櫃石から見て、または櫃石を目指して直線に並ぶ自然石をポイントとして祀るようになった可能性は十分あると思います。

三輪山周辺も、飛鳥周辺もすごいボリュームで!ゆっくり拝見させていただきます!
 

大峰山の御亀石

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月17日(日)13時29分52秒
返信・引用
  写真を整理していて気が付いたのですが…
2年前に大峰山に登りました。
五番関から南に進んだのですが、「鐘掛岩」からすぐ南に「御亀石」がありました。
亀といった感じはなくて、なだらかな何かの背中が覗いているといった風情なのですが、今思うと、玉置神社の「玉石社」の石と似てるなぁ…
陀羅尼助丸のお店のホームページの中に、役行者が「お亀石」の場所で33回目の座禅の時に悟りを開かれたとありました。石の上だったのかなぁ…そのままでは傾斜があって座りにくいと思うけど…玉石社の石も、ひょっとして、その上で座禅を組んだのかもしれない…と思いました。
 

Re: 三夜沢赤城神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 3月17日(日)13時20分37秒
返信・引用
  > No.1317[元記事へ]

地図つきありがとうございます。

> 産泰神社から三夜沢赤城神社まで 359.86°でした

神社と神社同士ですから、有意性を認めたくなります。
三夜沢赤城神社の参道と富士山もなるほどなあと思います。

櫃石はどう思われますか?
櫃石・産泰神社・西大室丸山遺跡の3点でむすぶと直線に近いラインができるのですが、南北線からはずれていきます。

神社も石も同一の線上で真北線上に並べられれば良いと思っていたのか、流れ山同士は自然地形だから、地理上の制約が優先されたのでしょうか。
 

三夜沢赤城神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 3月12日(火)22時51分13秒
返信・引用
  400×300ピクセル以下ならば、出所を明示すれば申請の必要がないとのことですので、地図を掲示させていただきますね!
少しだけ調べてみたのですが、産泰神社から三夜沢赤城神社まで 359.86°でした(北を0°として時計回り)。これは真北と言っていいと思います。産泰神社の巨石群・大室丸山遺跡の遺物集中範囲の正確な位置がわからないのですが、これらの場所から真北の位置に三夜沢赤城神社を建立した可能性はあると思います。
三夜沢赤城神社の参道を真っ直ぐ延ばすと富士山でした!この神社が、こういった直線を重要視するのであれば、巨石群から真北というラインも、あったのかもしれません。
櫃石から真南が荒砥荒子遺跡のような気がしますが、これも両者の位置がはっきりわからないので、何とも言えないです…
 

金生山

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 2月13日(水)00時25分35秒
返信・引用
  金生山!
石山寺を彷彿とさせる、有名な奇岩のお寺として存じております。
大垣市なんですよね。近いのに、行っていませんが、行きたくなりました。

お堂内で岩肌を見せるやり方、全国にいくつかありますよね。
岩巣という名前、静岡県や瀬戸市にもその名前を見かけたことがあります。
だいたい、岩が群れている場所に名付けられている印象です。
 

虚空蔵(こくぞう)さん(続)

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 2月11日(月)21時15分22秒
返信・引用
  上の写真は本堂の奥です。岩を祀っていると思います。
真ん中の写真は本堂の左上方で、岩巣公園という名前が付いているようです。よく見ると牛の頭部の像が見えます。
下の写真はどのお堂だったのか…慌ててたのでしっかり写真が撮れなかったのを思い出しました。
また行かなきゃ…
 

虚空蔵(こくぞう)さん

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 2月11日(月)20時38分44秒
返信・引用
  岐阜県大垣市赤坂の金生山明星輪寺です。
2014年の撮影なんで、古い情報で恐縮なんですけど…
金生山というのは石灰の採掘で大きく山が削られちゃっているんですが、東面にかろうじて残っている部分にこのお寺があります。
 

Re: 玉置神社の白山社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 1月20日(日)22時09分26秒
返信・引用
  > No.1312[元記事へ]

チェリーさん、ありがとうございます。

> 尾鷲から北山村役場まで1時間くらいかなぁ…北山村役場から玉置神社駐車場まで1.5時間で行ってます。

なるほど、さすがに覚悟しないといけない距離ですね。
しかし、車である程度行けそうな様子なのと、チェリーさんの感想を聞いて、次回熊野に足を運ぶときはお参りしたいと思いました。

> 玉石社の玉石が印象的だったのは、杉の巨木に囲まれて少しだけ丸い頭を出している風情だったのかなぁ…この石が何故、聖なる石となったのかと考えさせられます。

少しだけ丸い石が見えることに惹かれるというのは、巨石信仰とはまた異なる風合いを感じるメッセージと受け取りました。
この石が何故、聖なる石となったか・・・まだまだわからないことばかりです。

白山社の乳岩というものもあるんですね。
白い岩肌が乳とむすびつく事例のひとつとして覚えておきたいと思います。
興福寺の礎石との関係性も含めて・・・。

礎石は単なる石材ではなく心礎であり、磐座にむすびつく奉献対象にもなっている例がありますので、礎石をベースにした分析は大いに勉強になります。
 

玉置神社の白山社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 1月19日(土)00時13分15秒
返信・引用
  玉置神社駐車場からしばらく歩くと参道は下るのですが、そのまま水平に進む道を辿ると「白山社」に至ります、天然記念物「枕状溶岩堆積地」の一番東になるようです。案内板には「乳岩」と記してあります。真ん中の写真は白山社の東側側面の写真を合成したものです。
下の写真は興福寺中金堂。一般公開初日平成30年10月20日の撮影でした。
 

Re: 玉置神社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 1月17日(木)01時51分24秒
返信・引用
  > No.1310[元記事へ]

> 麓からどれくらいかかりますか?

尾鷲から北山村役場まで1時間くらいかなぁ…北山村役場から玉置神社駐車場まで1.5時間で行ってます。
軽自動車だったのですが、まあ、離合を待たなきゃいけないだろう所もありますが、快適な舗装路です。

玉置神社から玉置山山頂まで含めて、とても良いです。霧の中の雰囲気が相応しいかもしれませんが、やはり快晴の日に山頂まで歩きたいです!海が見えます。

玉石社の玉石が印象的だったのは、杉の巨木に囲まれて少しだけ丸い頭を出している風情だったのかなぁ…この石が何故、聖なる石となったのかと考えさせられます。

独り言なんですが…また変な話をして恐縮なのですが…実は、航空写真で奈良の興福寺の礎石から南への参道を見つけて、どこを向いているんだろう?とたどってみたら玉置神社だったんです…翌朝の新聞で礎石の上には中金堂が建立された事を知りました。その日は落慶だったのです。これも何かの御縁と思いまして、多治見の自宅から玉置神社まで7時間、更に興福寺まで4時間、帰宅に3時間という日帰り巡礼を強行したのでした…
興福寺から真南の玉置神社などと、狂ったようなお話なのですが、直線上に桜井市の山田寺跡がありますので、まあ、それもいいかな…


 

玉置神社

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 1月16日(水)00時49分39秒
返信・引用
  チェリーさん、今年もよろしくお願いします。

玉置神社に行かれたのですね。
麓からどれくらいかかりますか?
遠そうで、なかなか足をのばすところまで至らないのです。

玉石社は存じておりますが、隣接する三ッ石神祠は陰に隠れ気味かもしれませんね。
印象深かったというコメントを見て、やはり参るだけの価値はあるんだ、と思いを新たにしています。
 

霊石三ッ石神祠

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 1月15日(火)01時19分18秒
返信・引用
  玉石社のすぐ上に隣接してありました。
イハサクノカミ・イハサクネノカミ・カグツチノカミを祀ります。
イザナギがカグツチノカミを斬った時に生まれたイワサクノカミ・ネサクノカミの事だと思いますが…
玉石社が祀るのはオオナムチノミコトでした。あまりに近接しているので、合わせて考えた方がよさそうですが、関連がわかりませんでした。
 

玉石社

 投稿者:チェリー  投稿日:2019年 1月14日(月)02時26分9秒
返信・引用
  玉置神社から玉置山へ少し登ったところにあります。多分、皆さんご存知の石なのでしょうが、印象深かったので…
周りに白い石を敷いてみえますので、とてもよくわかりました。真ん中の写真が正面から、その下の写真が右上からです。
本殿より前に、ここをお参りしなければいけなかったみたいです。

ご挨拶が遅れてしまいました。本年もよろしくお願いいたします。
相変わらず、こんな感じでボツボツと投稿させていただければと…
 

Re: 五所御前

 投稿者:MURY  投稿日:2019年 1月 4日(金)01時07分32秒
返信・引用
  > No.1306[元記事へ]

ホームページ移転のご連絡ありがとうございます。

ジオシティーズも、いよいよですね。

昔からのホームページが淘汰され、貴重な情報(まとめサイトなどではお目にかかれない情報量)が参照できなくなっているのはweb界大きな損失と思いますがどうでしょう。

誕生石ときくと、奈良の明日香村の月の誕生石や、佐賀県巨石パークの誕生石を思い出します。
これで誕生石ネーミングは3例目です。

住吉大社には近くに「おもかる石」などもあるようで、住吉七石(?)も目指せそうです。
 

レンタル掲示板
/62