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EF5860

 投稿者:ぽっぽや倶楽部  投稿日:2012年 5月16日(水)06時42分2秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、お世話になっております。

管理人さまが大いなる疑問を抱かれる
5860のお召し指定の件ですが…

私などそれこそ詳しい事情はわかりませんが
(無知なのですまみせん。)

先日貼りました画像は1979年5月に執り行われた
愛知県植樹祭に於いて回送列車の一コマです。

岡多線内での機廻しが不可能とのことで、
浜松からロクマルが推進回送時の牽引担当として
抜擢されたらしいです。

私も急に情報を聴かされて経緯などはわかりません。

回送とは言え、61と60のプッシュプルが見られるとあって、
ちょっとした話題になったものでした。

既にお召し予備指定機からは解除されていたことは
管理人さまがご指摘しておられる通り
事実です。

当時61とは相当程度な差別化も
なされていたはずですよね。では何故あえて
ロクマルを起用したのでしょうか?

何れにしても58ファンに取っては垂涎の的に
なったことだけは確かでしたね。

あまり参考にならなくて申し訳ございません。

鉄仲間の方々でご存知な人が居られたら
教えて欲しいなと私も願います。
 

EF5860とC623

 投稿者:C62 44  投稿日:2012年 5月15日(火)20時37分12秒
返信・引用
  みなさま こんばんは

EF5860号機は1970年後半には大窓からHゴム化されてしまい、その後1983年には
はやばやと廃車解体されてしまいました。
全検でHゴムになったときには、すでにお召し予備機の指定をはずされていたの
でしょうか。

年代が書かれていないので、不思議なのですが、ぽっぽや倶楽部さまの岡多線の
植樹祭の際、本務機かどうかは別として、60号機はお召しに使用されていますね。
ということは、Hゴム化されてもお召し予備機の指定は外されていなかった、という
ことなんでしょうか。

お召しの予備機を外されてもいないのに、簡単にHゴム化してしまうものなんでしょうか。
という疑問を抱いた次第です。


さて、C623号機については、このHPでも何回か書いていますが、北海道での
復活はあり得ないと思います。

3号機復活の可能性はJR東が3号機を譲渡された場合にのみ、一縷の希望が
持てますが、JR北が手放すかどうかは疑問です。

今ではJRから完全に去られた、松田昌士もと社長の時代ならば可能性はあった
かも知れませんが、今の体制では難しいと言わざるを得ません。
一説では、常磐線を走らせる、という案まで出たといいますから。

いわば、JR西が唯一の3シリンダ機C53を動態にしないのと同じです。
日本の、鉄道文化の継承の意識の低さが表れていますね。

こういう風に書くと、必ず「鉄道会社は営利企業でファンのために
あるのではない」とか偉そうに言ってくる輩がいますが、しょせん
そんな連中にC62の文化遺産としての価値などわかるはずもないのです。

いかにC53やC62が素晴らしい機関車だったか、なんてことは知る由も
ないからです。

おそらく、私の生きているうちに、3シリンダ機の排気音、そしてC62の
高速の排気音が聞けることは、まずなさそうです。

私は、昭和61年10月3日に、3号機が手宮の北海道鉄道記念館から、運び
出される直前の写真を貼ります。
DE10に牽引されるため、ロッド(主連棒)がすでに外されています。

このころは、本当に復活するのか、という期待に胸が膨らんだものです。
当時を思い出すと懐かしいです。


 

C623号機!

 投稿者:ぽっぽや倶楽部  投稿日:2012年 5月14日(月)20時34分53秒
返信・引用 編集済
  管理人さま
いつもお世話になっております。

C62熱中人さま、はじめまして!
よろしくお願い申し上げます。

私も以前、修学旅行で小樽へ行った際
C623号機を写しておりました。

と言っても、静態保存状態でしたが…

なめくじ写真館でも紹介されておりますが
私が見たC623号機は、
その後、小樽築港機関区に運び込まれ
動態復元と車籍復帰が施されたのたのですね。

そしてニセコで華々しく再デビューを飾り
その後、再び静態保存になり、現在は準鉄道記念物に
指定されていると聴きます。

ドラマチックな生涯を経た、ある意味「幸せな機関車」
という感じを受けます。

さらにC62熱中人さまはSLの運転体験もされたのですね!
素晴らしいです。
私は電車の運転は経験していますがSLというのは
かなり感覚が異なると想像します。
なにしろ高圧力ボイラーが核ですからね…


画像は3枚とも1978,6,24 小樽記念館にて

 

C623号機現況ほか

 投稿者:C62熱中人メール  投稿日:2012年 5月14日(月)09時37分32秒
返信・引用
  管理人様 閲読の皆様へ
お早うございます。 良い季節となりました。
さて、先週末から鉄道関係の私用で北海道に行ってきましたので、その近況ということでこの場をお借りしてお知らせしようと思います。

まず、初日は小樽の旧手宮線跡など。 由緒ある築港機関区は跡形もなく寂しい限り。 昔を思い出します。 途中年間休業臨時駅で巡りで苦労した張碓駅跡は跡かたもなし。
手宮線は私もよく知らなかったのですが最古3番目の明治15年開通の北海道初の鉄道路線。 翌日行く幌内まで突貫工事で作ったもの。 途中張碓などの断崖絶壁のところなどよく通したもの。
旧手宮駅跡は交通展示館になっているものの展示車両は痛みが激しくなんとかならないかと腐心する。

翌日はメインの一つ三笠市にある三笠鉄道村で実際に動かせる日本でただ一つの蒸気機関車の講習。 翌日本物の約30トンほどのS-304というものを運転操縦。 約400メートルを何往復かする。 緩やかな発進、外から見ると意外と早く煙も逞しくあげ、、揺れも激しいが自分の腕一つで列車を実際に動かしている実感が湧かない。 人が運転しているのを外で見ているとすごいなとは思う。 そういった感じ。

その日苗穂の北海道鉄道技術館。 ここに来たのは言うまでもなくこの日はC623号機が見学出来ると言うので。
同機見るのは現役のとき以来もう何十年ぶり。 さすがに大きい。 りっぱなもの。
何時間凝視しても飽きない気分。 冬は庫内に保管されているということで一安心。 幸い何とか傷みは僅かな錆びくらいですくわれた感じ。
JR北の目玉機だから簡単には他に渡せる気配はないようだがいつまでも動かさないままでは宝の持ち腐れ。 当局はよく考えてほしい。

以上メッカ巡礼の気分、鉄三昧の充実した3日間の旅でした。 写真を何枚か。

  
 

RE 今はどうしているのでしょう

 投稿者:ぽっぽや倶楽部  投稿日:2012年 5月12日(土)21時43分4秒
返信・引用
  管理人さま、鉄仲間のみなさま

お世話になっております。


EF5861の情報をざっくり検索してみますと…

「車体の一部に致命的損傷が発見され
廃車になるとの発表あり。現在は保留状態で
東京車両センターピットに格納されてある…」

というのがネットでの記載です。

但し、一昨年の掲載ですから、最近の情報というのは
一体どうなってしまっているのか…不明です。

何れにしましても、ロクイチに関しては
有形文化財的な他の車両とは一線画する扱いで
保存されるべきではないかと私は思います。


管理人さまがアップされている“臨時の小田原行”
列車を新幹線で先回りして撮られた…というこの画像は
素晴らしいとしか言いようがございません。

この機関車への情熱がひしひしと伝わってまいります。

私も以前、東京機関区でキャブに乗り込んで
写真を構わずぱちぱちと撮った物をおこがましくも
ここに貼らせてもらおうと思ってはみたものの

ネガ、紙焼き共々見当たらず(泣
当時、先輩や友人達へ貸出したままになっているか
どこかに仕舞い込んでしまったものか…

なんともだらしない限りであります。

それに引きかえ、管理人さまやこの掲示板の
お仲間のみなさまは、きちんとネガやプリントを
整理なさっていて本当に脱帽します。

私も好きだと言いながらまともな画像はありませんが
お召し続きと58124機の画像貼らせていただきます。

ありがとうございました…


上・岡多線を行く61・60の前後推進回送(植樹祭)

中・東海道引き揚げ回送 幸田

下・東京機関区一般開放にて

 

今はどうしているのでしょう

 投稿者:C62 44  投稿日:2012年 5月11日(金)19時54分3秒
返信・引用 編集済
  みなさま こんばんは

さっぱり61号機の情報が出てきませんね。
まず何と言っても「東京機関区」の消滅があります。

EF5861の所属札はやっぱり「東」です。
高崎二はまったく似合いません。というか正式所属はそうであっても、
展示の時は「東」をつけて欲しいですね。

昔、北海道でC623号機が復活した時は、正式所属は「苗穂」であったにも
かかわらず、走行の時は「築」をつけていました。(小樽築港です)
苗穂にはC62はいなかったのですから。粋なはからいだったのですね。

何度も書きますが「ゴサゴ」とか訳のわからない呼び名を勝手につけて、
高崎のEF65P形535号機保存の会があるらしいのですが、私から
言えば全くのナンセンス。

そんなことより、EF5861号機動態保存の会を作った方がよっぽどマシ。
と、思うのは私くらいでしょうか。

こんなことを書くと「ゴサゴ?の会」に叱られるかもしれませんね。

私が東京駅を夕方発車した、下り臨時小田原行に61号機が充てられていた
ので、マジ、新幹線で先回りして小田原で撮ったのがこれ。

私も、けっこう苦労して撮っているんです。


 

ロイヤルエンジン

 投稿者:C59182  投稿日:2012年 5月 7日(月)17時05分56秒
返信・引用
  こんにちは。

ロイヤルエンジンの話題に便乗させて下さい。

私は残念ながら61号機が活躍した「お召し列車」の撮影は出来ませんでしたが、61号機は国鉄末期に行われたイベントで、間近で見学(勿論車内はNGですが)し、撮影も出来ました。
このイベント時に、58は61号機と89号機が展示されておりましたが、やはり61号機は89号機に比べ、重厚な作りが感じられる機関車でした。
外部の塗装も「茶色」は茶色ですが、普通の58機などの茶色とはチョッと違った茶色で、塗装自体も他の58機と「差」がつけられているように思われました。

画像は高崎第2機関区でのイベント時での撮影で、ネガの保存状態が悪かった為随分と劣化しておりますが、何とか見られる状態にまで復元してみました。見苦しい事はご容赦下さい。

上 ノーマルな状態の61号機
中 お召し仕様の61号機
下 機関士席側の区名札入れと乗務員氏名札入れ(正副機関士2名と助士1名)

本来は東京機関区所属のため区名札は[東]が正当ですが、この時は[高Ⅱ]の区名札になっておりました。

高崎第2機関区にて 1985-3
 

EF58など

 投稿者:きゅうろく  投稿日:2012年 5月 6日(日)23時06分54秒
返信・引用
  こんばんわ。
EF5861 の話題が盛上っているようなので(^^)

現在はタブン東京総合車両センターの御料車庫に保管されているのでは?

私は臨時列車などを牽いていた61号を見たことは何度かありますが、
写真に撮ったのはこれだけです。たぶん69年頃だと思います。
諸藩の事情で(^^ゞ 存在しないと諦めていたネガが一昨年一部が見つかり
急遽ヨドバシでスキャナを購入し取り敢えずパソコンに保存した中にありました。

当時は撮影旅行に行く時以外はカメラを持ち歩きませんので、偶然撮ったスナップです

先に廃車解体された予備機60も残念ですね。

ついでに? 広島機関区で撮った 「あき」のヘッドマークを付けたC59も貼ります。
 

EF58

 投稿者:C62 44  投稿日:2012年 5月 6日(日)21時34分20秒
返信・引用
  こんばんは

私はときどきここにも書きますが、どうもHゴムというやつは好きではなく、EF58も
東京機関区は61号機以外はすべて前窓はHゴム化されていました。

浜松の58は準お召しに指定されていた60号機までHゴムになってしまいました。
もっとも、指定をはずされてからですが。

それに比べ、61号機は最後まで素晴らしい姿を見せてくれていました。
ワイパーとその軸のカバー部分が年代によって変わっている程度でした。

私は内部に乗車したことはありませんが、そんなにキャブ内までもしっかり手入れされて
いたとは知りませんでした。ロイヤルエンジンとは、そういうものだったのですね。

結局、61号機はずいぶん写真は撮りましたが、お召しは撮ったことはありません。
61号機は今は一体どうなっているのでしょうか。
情報もあまり出てきませんね。

そもそも、EF58の動態保存が一台もないことが、私は許せません。
まあ、部品がなかったり、修繕にお金がかかることは分かるのですが。
「ゴサゴ」とかいって、EF65P形の535号機を動かしているくらいなら、EF58
の1両でも残して、と言いたいですね。

残すとすれば、当然61号機。これは永遠の名機です。


さて、C62熱中人さまの、ゴハチの写真、よくこんなところで撮れたものです。
今では警笛連発の上、非常制動で大騒ぎになるところですね。
あまり、他人のことは言えませんが。でも昔は撮れたんですね。

そして糸崎機関区。ここは、いいところに止まってくれないと、この電柱が非常に邪魔
だったのです。広々としていた割には、なかなか形式写真風には撮れないところでした。

私は、昭和39年に撮った、61号機の牽引する、普通熱海行を貼ります。
場所は東神奈川です。



 

無題

 投稿者:C62熱中人メール  投稿日:2012年 5月 5日(土)15時39分51秒
返信・引用
  管理人 様  皆様へ
58の公式写真のような画像、凛としています。 私自身小さいころから住んでいた近くの東海道本線で58牽引の列車を見ては育ちました。 特急「平和」から青大将を経て颯爽と逞しく牽く58を見ては機関士に憧れていました。 時々映画で青大将が出てくるとはっとします。(佐田啓二の「喜びも悲しみも幾年月」ほか)
車輪数の多い同機がつなぎ目をせわしく音を立てていったのを想起します。

糸崎機関区は今は山陽本線の単なる一駅になってしまいましたが、少なくとも呉線電化前大型機関車が駐機していたのをこの前のことのように思い出します。
写真を2枚ほど。

上 東海道本線 川崎ー品川 S.43.11.2. 上り急行
下 山陽本線 糸崎駅構内 C6217 S.45.2.18. 電化が迫って 
 

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