teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


沖ノ宮の立石

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 4月16日(土)08時17分41秒
返信・引用
  「MapFan」によれば「茨城県つくば市大曽根沖ノ宮」という地名があり
大曾根の二つ並んだ池のあたりにピンがたちます。
また「いばらきデジタルマップ」によれば、大曾根児童館のあたりは大曾根城跡H25となっています。
沖ノ宮はかつての神社の名残ではないかと思い、その線で調査をしているところです。
沖ノ宮は祭祀遺跡としてはマイナーなものかもしれませんが、岩石祭祀にとっては貴重な事例だと考えています。
 
 

続報

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 4月15日(金)00時05分48秒
返信・引用
  どうでしょう。
ここのことではないでしょうか。
立石が古墳に関係する可能性もあります。沖の宮という地名も気になりますね。
現存するかどうかも不明です。
 

Re: 大曽根沖の宮の立石

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 4月14日(木)23時57分16秒
返信・引用
  > No.1227[元記事へ]

小野真一『祭祀遺跡地名総覧』(ニュー・サイエンス社、1982年)に、同地点が掲載されていました。
それによると出典は『茨城県史料 考古資料編 古墳時代』(1974年)とのことです。
こちらに当たれるといいですね。
 

大曽根沖の宮の立石

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 4月14日(木)10時13分52秒
返信・引用
  『神道考古学講座』祭祀遺跡地名表 第1巻 p256に
茨城県筑波郡大穂町大曽根沖の宮
 立石あり。土器出土とあります。

これについて、何かご存じの方はいらしゃらないでしょうか?
 

Re: 石神のイワクラ

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 4月12日(火)02時09分11秒
返信・引用
  > No.1225[元記事へ]

ご無礼しております。節操なく活動再開しました。
与喜山と岩石の哲学ばかりという、興味関心丸出しのまま進んでいきます

「石神の磐座」については、石神か磐座かどっちやねんとつっこむのは私だけでしょう。
椿大神社のメルマガでも、机状の岩石に言及していますね。
http://melma.com/backnumber_153429_4085621/
 

石神のイワクラ

 投稿者:チェリー  投稿日:2016年 4月11日(月)22時38分38秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。ブログ拝見しました!お元気そうで、何よりです。
一昨日ですが「入道ヶ岳」に登ってきました。
登山道の途中、左側斜面10mくらい登る階段の上に「富士社」があり、更に30mくらい斜面の上方正面に「石神のイワクラ」が見えました。
富士社とイワクラの間に二つの岩が横たわっていました。
「椿大神社二千年史」に「小型の机石がある。これは太古祭司の供物台とみられる。」と記載されているのでしょうか?
実は、その、この下側の岩に、不思議に心が安らいだというか、そんな感じがしてしまったのでした。まあ、気のせいでしょうけど…
この岩を上から見ると、平らな面ができるように、小さな岩が埋め込まれていました。
これは人工的だと思いました。
 

Re: 腰掛石

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 4月 7日(木)22時51分13秒
返信・引用
  > No.1223[元記事へ]

腰掛石ブーム
七石ブーム

旧来の磐座が、変化したものもあると思いますが、上のようなブームがあったのではないか・・・今、それが混ざっているものを、私たちは見ているのではないか・・・
そう思っています。

与喜山の近くに屏風岩という岩がありますが、これも、山城を攻める時にこの岩を屏風のように立てかけたとか。
屏風の新しい使い方を感じますね。

鎌倉時代の文献に、ある場所が、遠くの場所とつながっている系の伝承を確認することができました。鎌倉時代まではこの発想は辿れると知りました。

このように、1個1個知識を仕入れて、結論はまだないですが、何かを考える材料にしているところです。
 

腰掛石

 投稿者:uzi  投稿日:2016年 4月 6日(水)21時42分0秒
返信・引用
  太郎坊宮の「義経腰掛岩」、手向山八幡宮の「菅公腰掛石」がすぐに思い浮かびますが、
こちらの石は、聖徳太子が腰を掛けて休まれた「腰掛石」と伝わっています。
奈良県磯城郡三宅町屏風の白山神社境内にあります。
屏風という地名も、太子が休まれた時、村人が屏風を建て掛けて風を防いだことに由来するとか。
神社の前の道は古代飛鳥と法隆寺を結び、太子道(筋違道)と言われています。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/index.html

 

Re: 祝 ブログ開設

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 3月 3日(木)02時54分39秒
返信・引用
  > No.1221[元記事へ]

後日、ブログ上のブックマークを整備する予定です。
その折はぜひ貴サイトを改めて紹介させていただきます。
 

祝 ブログ開設

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 3月 2日(水)08時37分3秒
返信・引用
  ブログ開設、おめでとうございます。
早速リンクさせてもらいました。
これからのご活躍を期待しております。
 

ブログスタート

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 3月 1日(火)01時53分55秒
返信・引用
  ブログをスタートしました。

http://megalithmury.blogspot.jp/
 

全国遺跡報告総覧

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 2月 3日(水)08時48分38秒
返信・引用
  これは便利ですね。
東北地方の磐座に関する報告書はないようですが、それ以降はかなり期待できます。
ゆっくりと進めたいと思います。どうもありがとうございました。
 

全国遺跡報告総覧

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 2月 3日(水)01時10分16秒
返信・引用
  良い時代になりましたね。

全国遺跡報告総覧
http://sitereports.nabunken.go.jp/ja

ここの検索バーに「磐座」などのキーワードを入れると、世界が広がりますよ。
 

Re: 建鉾山祭祀遺跡

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 2月 3日(水)00時52分19秒
返信・引用
  > No.1216[元記事へ]

山魚さんへのお返事です。

> 『岩石を信仰していた日本人』p147の中で、「御宝前」から巨岩がほとんど見えないことを強調されているが、これは「御宝前」が祭祀終了後不要になった祭祀用遺物の廃棄場所とは考えられないでしょうか。

可能性は、あると思います。
その場合は、巨岩の手前で祭祀をして、斜面下に祭祀具を廃棄したという流れになります。
祭祀集団が、どういうルートをたどって巨岩下に至ったかが気になります。
麓から直登すると、廃棄した祭祀具が集積する御宝前をまたぎながら巨岩下へ登るのがいかがなものか、気にかかります。

巨岩の直下斜面ではないわりに、御宝前に遺物が集中しているので、御宝前を意図的に廃棄場所として指定したと考えれば理屈は通ります。

巨岩下は発掘調査はされていませんが、表面採集踏査ぐらいはされたと思います。しかし遺物が現状見つかっていないことは、そこが祭祀の場ではなかったと考えるのも自然です(きれいに掃除され、御宝前で廃棄したと考えることもできます)

> また、類似例として亀居山(要石)『福島考古』7  p26に次の記述があります。
> 「甑(土製模造品)の底にあたる穴のあいた破片が要石の近くと西側斜面中腹から出土している。このことは磐座付近で祭祀を行い、その終了後祭器をまとめて西側斜面中腹にまとめて埋置したことを立証するものである」

建鉾山の遺物が、亀居山と同様に「穴のあいた土器」という廃棄後を示す痕跡を残していれば、類例と考えて良いと思います。建鉾山の遺物にその特徴があったかどうかはいま思い出せません。
 

建鉾山祭祀遺跡

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 2月 2日(火)09時53分38秒
返信・引用
  『岩石を信仰していた日本人』p147の中で、「御宝前」から巨岩がほとんど見えないことを強調されているが、これは「御宝前」が祭祀終了後不要になった祭祀用遺物の廃棄場所とは考えられないでしょうか。
亀井正道『建鉾山』p50に「御宝前」に関する次の記述があります。
「遺物は特に安置されたり、穴を掘って埋められた等という形跡は認められず、恐らく祭祀終了後不用になったものを廃棄したのが、徐々に埋没した事実を示しているものと推測される」

また、類似例として亀居山(要石)『福島考古』7  p26に次の記述があります。
「甑(土製模造品)の底にあたる穴のあいた破片が要石の近くと西側斜面中腹から出土している。このことは磐座付近で祭祀を行い、その終了後祭器をまとめて西側斜面中腹にまとめて埋置したことを立証するものである」
 

石のある祭祀遺跡地名表(東北編)

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 2月 1日(月)10時57分11秒
返信・引用
  建鉾山の写真どうもありがとうございました。

石のある祭祀遺跡地名表(東北編)に取り上げるものとして下記のものを検討しております。
・建鉾山高木地区(建鉾石)
・亀居山(要石)
・岩谷遺跡(岩谷観音岩)

これ以外に、発掘調査がおこなわれ重要祭祀遺跡とされている「石のある祭祀遺跡」がありますれば追加したいと思いますので、ご教授願います。
 

Re: 貴flickr写真アルバム

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 1月30日(土)22時54分17秒
返信・引用
  > No.1213[元記事へ]

ごぶさたしております。
ご要望いただきありがとうございます。

https://www.flickr.com/photos/125436967@N05/albums/72157663958592871

のせました。どうぞご利用ください。
山魚さんの調査研究に期待しております。
 

貴flickr写真アルバム

 投稿者:山魚  投稿日:2016年 1月24日(日)11時11分21秒
返信・引用
  お久しぶりです。
現在「石のある祭祀遺跡地名表(東北編)」をまとめているところなのですが、
建鉾山遺跡の巨岩の鮮明な写真が見当りません。
つきましては、貴書『岩石を信仰していた日本人』p149のカラー写真を
貴flickr写真アルバムに掲載していただけないでしょうか。
 

猿岩

 投稿者:MURY  投稿日:2016年 1月 2日(土)20時14分45秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
ナスカの地上絵の猿の絵を年賀状で送って下さった方がいました。
そういう発想が出ることに感嘆しました。
 

猿岩

 投稿者:uzi  投稿日:2016年 1月 2日(土)11時27分19秒
返信・引用
  MURY様
明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願い致します。

添付画像は、日吉大社の猿岩です。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/index.html

 

レンタル掲示板
/59