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美の呪力

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 7月 4日(火)01時53分8秒
返信・引用
  wikipedia情報で見たレベルですが、2007年に作られたイヌクシュクがギネス記録の高さを持つと書いてあったので、今も現地の人々に作られ続けているものと思っていましたが、基本は途絶えている文化だったんですね。

これもwikipediaの記述ですが

――イヌクシュクの発達が、ヨーロッパの宣教師や探検家出現の以前だったのか以後だったのかについては説が分かれる

エヌクソ・ポイントのあるバフィン島と聞くと、19世紀のジョン・フランクリン隊の失踪事件を思い出します。一時期関心を持った歴史上の出来事です。

フランクリン隊はイヌクシュクを見たのでしょうか・・・。
 
 

美の呪力

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 7月 2日(日)21時48分30秒
返信・引用
  イヌクシュクは、「美の呪力」によると「七、八十年前までエスキモーによって作られていた」そうですが、その目的が現在でははっきりと解らないようです。岡本太郎さんが亡くなられて20年以上経過しておりますし、本のあとがきの日付が「1971年3月」となっています。
「エヌクソ・ポイントと呼ばれる岬には今でも百以上のイヌクシュクが見られるが、ある時期には二百をこえていたという。」
「これがたとえ明らさまな人形【ひとがた】ではなくても、生活の中の神聖な像であり、呪術的役割を果たしていることは確かである。」
「昔はエスキモーの集落はキャンプを張ると必ず近くの丘に一つのイヌクシュクを建てたという伝えもある。」
「一族がながい危険な旅に出るときにも、イヌクシュクを建てたという。」
土地の言葉で「イヌクシュク」は、「人間的力で行為するもの」という意味だそうです。
「」内は「美の呪力」からの抜粋です。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: イヌクシュク

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 7月 2日(日)15時36分50秒
返信・引用
  > No.1268[元記事へ]

燃え盛る炎のような背景を見て、岡本太郎氏が縄文の火焔形土器を見てインスピレーションを受けたという話を思い出しました。

子供の頃、私も油絵を描いていたころがあるのですが、石を油絵で表現する一種独特の難しさを感じたことがあります。

石を描きたいし、イメージは頭にあるのに、キャンパスで色を載せていくと、表現できない。

単に、才能の問題とも言いますね(笑)

> イヌクシュクは、2010年バンクーバーオリンピックのシンボルにもなったそうです。

ケルンのようなものだと思っていましたが、どうやら意図が違うようですね。

現代でも作られ続けている巨石記念物、といったところでしょうか。
 

イヌクシュク

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 6月30日(金)20時23分26秒
返信・引用
  岡本太郎さんの書かれた「美の呪力」という本でイヌクシュクを知りました。
ウィキペディアで調べたら、何体かの写真も掲載されていました。
しかし「美の呪力」に掲載されていた写真(松藤庄平氏撮影)がなんとも魅力的というか、
重量感・迫力があるというか、衝撃を感じました。
ぜひ絵に描いてみようと思いました。

イヌクシュクは、2010年バンクーバーオリンピックのシンボルにもなったそうです。
それも知りませんでした。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: 旧・引佐町

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 5月14日(日)22時17分49秒
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  > No.1266[元記事へ]

湖西市加藤さんへのお返事です。

> 「幡教寺跡」の休憩所から南奥へ約100Mに「岩の中に岩がある」珍しい巨石が有ります。以前は岩石名を知らせる案内板が有りましたが、今は在りません。富幕山の東600M、奥山コース登山道脇にも同じ岩石があります。どなたか岩石名を知っていますか。

存じ上げません。「岩の中に岩がある」とはどんな状態なんでしょう。
私も知りたいです。
 

Re: 旧・引佐町

 投稿者:湖西市加藤  投稿日:2017年 5月13日(土)16時31分41秒
返信・引用
  PONTAさんへのお返事です。

> ・鳴岩→「岩屋観音」と呼ばれていたと思うのですが、調査中。
> ・幡教寺の巨石→「幡教寺跡」ですね。廃寺で石垣は残ってますが・・・巨石はなかったような・・・いつか行ってきます。
> ・浄居院の巨岩群→「背山という山にあるのが浄居院です」ということですが、「背山」は地名かと思います。巨岩群? お堂の背後に白岩と呼ばれる巨岩があります。裂けていて、裂け目に稲荷が祀られています。階段を登って、割れ目を真上から見ると怖いです。
> http://www.doukutu.co.jp/hikingpoint-jokyoin.html

「幡教寺跡」の休憩所から南奥へ約100Mに「岩の中に岩がある」珍しい巨石が有ります。以前は岩石名を知らせる案内板が有りましたが、今は在りません。富幕山の東600M、奥山コース登山道脇にも同じ岩石があります。どなたか岩石名を知っていますか。
 

鷺山古墳

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 5月 7日(日)18時44分17秒
返信・引用
  写真のご投稿ありがとうございます。

直径10mの円墳。王道の後期群集墳の装いですが、壁画は特異ですね。
なぜ魚を刻んだのか?
魚の線刻の拓本や実測図など、報告書に載っているのでしょうね。
 

画像サイズダウンしました

 投稿者:せんざき  投稿日:2017年 5月 7日(日)17時17分34秒
返信・引用
  こんにちは。

画像サイズダウンにて送信させていただきます。
画質などでお気づきの点がありましたら、教えてやってください。

よろしくお願いいたします。

 

Re: 漢字のお勉強

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 4月10日(月)02時36分27秒
返信・引用
  > No.1262[元記事へ]

面白い!
こういう勉強の着眼点、目からうろこです。新しい視点をいただきました。

石の甲骨文字の形。へえ~その1です。

石の塊を意味しない、と断言するかっこよさ。

石は、祝詞を入れる器としての石というくだりは、広げれば、宗教的なものを宿す存在が石なのだと感じられ、哲学的です。

石を用いた漢字に、神事に関連するものが多いということは、岩石信仰は中国と共通した心ということでしょうか。

山から切り離せない存在として石が成立しているのも、意味深です。
 

漢字のお勉強

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 4月 9日(日)12時21分47秒
返信・引用
  漢字の勉強を始めました。小学一年生で習う漢字から始めております。
昔買った漢和大字典があるのですが、どうせ勉強するならと、白川静さんの「常用字解〔第二版]」(平凡社)を購入しました。(「字統」や「字通」は高価なので)
画像は、小学一年生で習う「石」に関する白川静さんの解釈です。
こういう勉強なら面白いです。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: 巨石の地震破断に関する論文

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 3月30日(木)22時37分14秒
返信・引用
  > No.1260[元記事へ]

文献のご紹介ありがとうございます。

600ページ近い大著ではないですか。大ボリューム。
ご紹介いただいたページを中心に、つまみ食い的に読んでいます。
データベースとして、事あるごとに参照したいです。

イワクラ業界の皆さんに広く読まれるといいですね。
 

巨石の地震破断に関する論文

 投稿者:滝おやじ  投稿日:2017年 3月28日(火)00時30分0秒
返信・引用
  ご参考まで。この報告書がつい最近出版されました。
花崗岩巨石の基礎文献として、永久に残る世界的文献と思います。こうゆう情報がインターネットで簡単に見られるというのは本当に現代の幸せです。

池田 碩(2017)1995.1.17 大地震と六甲山地 - 近畿地方整備局 - 国土交通省
www.kkr.mlit.go.jp/rokko/disaster/pdf/20y-from1995.pdf
阪神淡路大震災の地震動による花崗岩巨石の破断移動例です。
巨石については、p21~28、p170ごろからp273あたり。
ご参考まで。

http://chibataki.moo.jp/

 

Re: 安産の腰掛石

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 3月22日(水)23時27分31秒
返信・引用
  > No.1258[元記事へ]

昔読んだ本を、後になって読むと気づかされるとき、私もあります。

>穴太の村の山中

また貴重な話で・・・。
検証不能なのが寂しいですが、せめて記憶にとどめることにします。

今日UPした徳島県の金丸八幡神社の列石も、最近、道路工事の細腕一部の石が削られたようで残念です。
石って、見る人から見れば、ほんとただの石ころですからねえ。

私は、それも含めて歴史と見る立場なので、それに対して怒りや非難活動をすることはありませんが、個人感情としてはあーもったいないというのが正直な気持ちです。

自然の石っころなわけですから、復元不可能ですもんね。
復元しただけで、人の造作が入ってしまう。

>安産の腰掛石

春日大社の磐座みたいな景色の石ですね。
 

安産の腰掛石

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 3月21日(火)17時51分13秒
返信・引用
  ひさしぶりに白州正子著「近江山河抄」を手に取り最初から読み始めましたら
、以下の文章に行き当たりました。以前読んだはずなんですけど、記憶にありませんでした。

 巨石信仰といえば、日吉大社に近い穴太の村の山中で、異様なものに出会ったことがある。六畳敷ほどもある大きな石を、円形に並べただけのものだが、森閑とした雑木林の中で、突然あらわれた時は息を呑んだ。縄文人が車座になって会議でもしたのでしょうか、とは写真家の前野氏の感想だが、八百万の神々が集まった聖地だといわれても、私はきっと信じたに違いない。最近聞いた話では、道路工事のために壊されたというが、もったいないことをするものである。日本人ほど文化々々とわめきながら、文化を大切にしない国民はいない。それは自分自身を大切にしないことに通じる。高松塚古墳にしても、ジャーナリズムにのせられて騒いでいるだけのことで、考古学者が土中に埋めてしまいたい気持が、私にはよくわかるような気がする。(講談社文芸文庫P13)

末尾の年譜に、
一九七二年八月、「近江山河抄」を「芸術新潮」に一〇回にわたって連載。
とあります。

写真は石山寺にあった「安産の腰掛石」です。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: あけましておめでとうございます

 投稿者:MURY  投稿日:2017年 1月 3日(火)21時10分13秒
返信・引用
  今年もよろしくお願いいたします。
マイペースでやっていきたいと思います。

写真:椿大神社の御船磐座

大木の前に三石を置き、その周りを敷石と列石で囲む。

これと違うところがあるだろうか(いやない)
と言えるぐらい、共通した機能を感じました。

 

あけましておめでとうございます

 投稿者:uzi  投稿日:2017年 1月 2日(月)09時27分23秒
返信・引用
  写真は外宮にある四至神【みやのめぐりのかみ】です。
祭神も四至神です。
中央に榊が植わっています。その前に三つの石が並んでいます。
榊は御神木で、神様をキャッチするアンテナ。
三つの石が磐座で、神様がお留まりになる。
敷き詰められた白い石と廻りを囲む石は磐境。
パーフェクトな装置だ!
と、また勝手な想像をしておりました。

http://www.geocities.jp/miniuzi0502/index.html

 

Re: 立石さん

 投稿者:MURY  投稿日:2016年12月21日(水)00時13分39秒
返信・引用
  > No.1254[元記事へ]

> 私は2008年に参拝してから、縁遠くなっております。

私も疎遠だったのですが、魚の骨が喉に刺さったような感じでもやもやしていた場所なので、とうとう戻ってまいりました。
縁も十年で一回りして戻ってきたみたいです。

> 「MURYさんが写真をアップされてからリンクをお願いしよう」
> なんて横着なことが頭をよぎりました。

(笑)
立石さんは強敵です。

> 名張図書館へ行ったら、三杉町の資料を探してみます。

ぜひ機会がございましたら、援護射撃ください(笑)

> 仏教系おもかる石「おもかる文殊」さんです。

仏教民俗学の五来重氏や大護八郎氏に言わせれば、日本古来の石信仰に仏の装いを纏わせた仏教民俗といったところですね。
 

立石さん

 投稿者:uzi  投稿日:2016年12月19日(月)20時04分9秒
返信・引用
  川上山若宮八幡神社へ行かれたのですね。
私は2008年に参拝してから、縁遠くなっております。
(名張国津地区の山ノ神も、神社の境内ではなく山の斜面に多くあるようです。
以前の様に、山に分け入り斜面を捜しまわる根性が薄れてきております。
立石さんという名前に強く引かれますが・・・)
「MURYさんが写真をアップされてからリンクをお願いしよう」
なんて横着なことが頭をよぎりました。
名張図書館へ行ったら、三杉町の資料を探してみます。

添付写真は、先日寄り道した四天王寺の元三大師堂にあった
仏教系おもかる石「おもかる文殊」さんです。
「重ければ知恵がさずかり願いがかないます」と書かれていました。


http://www.geocities.jp/miniuzi0502/

 

Re: 御矢石

 投稿者:MURY  投稿日:2016年12月11日(日)01時29分35秒
返信・引用
  > No.1252[元記事へ]

辰まるさんこんばんは。

> 阿蘇大明神宮居を定めんと矢を放たれ、

こういうのありますよね。

> その矢があたった大石に矢尻の跡があり、

足跡や馬の蹄跡とかもありますよね。

> 雨降っても水たまらずと伝えられている。

これは珍しいです。
雨が降らなくても水が枯れないというのはありますが、逆ですね。

> 石の姿はときどき見かける“雨乞石”のようでもあり、

水がたまらないというのが珍しいと思います。
逆に晴れてほしい石のようにも感じました。

> 矢があたる(?)前から何か祭祀の対象であったように思えますが
> いかがでしょうか?

矢を御幣のようなものとみなす民俗例も聞いたことがあります。
矢が落ちて、そのしるしが残るというのは、神が降り立つ磐座と見ることもできそうです。
宮居とは、居座であるこの石なのかも????

*詳しく知りませんので、無責任な発言ととらえてくださいね。
 

御矢石

 投稿者:辰まる  投稿日:2016年12月10日(土)13時43分53秒
返信・引用
  こんにちは。辰まるです。
今回は熊本県阿蘇郡高森町にある“御矢石”を紹介させて
ください。

御矢石は町道の三叉路の角にあり、写真のような佇まいです。
石の長径は2mほどで、表面はゴツゴツしています。

標柱の案内には、
“史跡 御矢石
高森阿蘇神社北方にあり、阿蘇神話によると阿蘇大明神宮居を
定めんと矢を放たれ、その矢があたった大石に矢尻の跡があり、
雨降っても水たまらずと伝えられている。この地を御矢村といい
高森阿蘇神社を一名、矢村社という。”
とあります。

石の姿はときどき見かける“雨乞石”のようでもあり、
矢があたる(?)前から何か祭祀の対象であったように思えますが
いかがでしょうか?

近くの高森阿蘇神社は明治以降の社名で、その前は矢村社と
いったそうです。約400年前に現在地に奉遷され、その前は
後方の宮山山中にあったとのこと。で、結局宮居跡はどこなのか
わかりませんが、元々あった産土神、山神が健磐龍命に
乗っ取られたということなのでしょうね。

最後の写真はその高森阿蘇神社前の様子で、手前の鳥居の神額には
“乾門”とあります。正門は写真右側の石垣の切込み部分で、
古い石の神額には“矢村神社”と彫ってあります。

他にも阿蘇地域には健磐龍命が矢で射抜いたとか足跡つけた
などの岩伝説がありますが、命には岩を大切に扱って
もらいたいものです。
 

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