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札幌市栄町のいろはにほへと

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月19日(土)22時38分8秒
返信・引用
  信心のいろはもわからぬ不信心者にも酒の有難みは平等である。

今夜は焼肉を中止して居酒屋で。。。。 と言うことで先日まっちゃんとたーさんで行った札幌市栄町のいろはにほへとに行ってきました。

ピッチャーで二杯、中ジョッキーで二杯。

まっちゃんも少しは酒のつまみになる程度の話をしてほしいね。

今のままでは誰も(普通の当たり前の法華講員では聞く耳もたないだろうしね。元々聞く耳持ってた法華講員の方が意外なんだけどね。)まっちゃんの話は聞き入れないよ。

悟らんどと本気でやりあいたいなら別に掲示板を立ち上げるまでもない、焼肉やでも餃子やでも相手になりますよ、リアルでね。

お寺はもちろん総本山でもね。


それはそれとして。。。。。。
少なくともネットに介在する法華講員が創価学会員より低俗だという意見には同調できる。
元々法太郎・れいな・たかぼんなど知性や理性や信仰心のかけらもない輩が日蓮正宗を語り、他宗批判をくりかえすなど。むしろオウンゴールであって百害あるばかりで一利も一理も無い。

悟らんどはこれらを法華講三悪と呼んで宗務院に報告済みである(冗談)。
いずれにしても法の字もたの字も自身の成仏こそ最大事ととらえるべきであろう、、、、、、ってか。

TW

 
 

なんだつまらんなあ

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月19日(土)16時34分38秒
返信・引用
  学会員に限らずほとんどの人間はまじめに生活している。
要は信じている法が正しいかどうかであろう。

どんな立派な職業についていようと社会的名声があろうとお金を持っていようと、日蓮正宗の御本尊と戒壇と題目がなければ成仏できない、逆にどんな馬鹿でも阿呆でも薄汚い人間であろうと日蓮正宗の極理師伝の妙法によって成仏が叶うという事実である。
もちろんこれは信仰の範疇でありそれを信じないという人間に取っては以上終了でも構わない・

だが松木さんは現在も日蓮正宗日正寺に在籍し信仰にぶら下がっていながら日蓮正宗を批判するという自家撞着・自己矛盾を抱えている。
それならいっそのこと創価学会の会友にでもしてもらった方がすっきりするであろうに。

日蓮正宗の僧侶と法華講員の質について言及しているが、それを言うなら他宗の僧侶や信者、創価学会員の犯罪者数と比較したデーターを載せなければ公平とは言えない。まして御本尊と信仰がいかに正しくともそこに集うものは他の信仰をしている者同様三毒強情の荒凡夫なのだ。どうしようもないくずのような人間でも最後は御本尊の功力で成仏が叶うのあればありがたい話ではないか。

そもそも松木さんはかつて黒川氏と敵対し、後に同盟を結んだかと思うと今はまた批判している。妙観講についても同様である。
花野師についてもかつては私淑し、そして花野氏が正宗から離れ正宗批判を展開した時にはその花野氏を論破していたではないか。そして今はまた花野氏を擁護し日達上人、日顕上人を貶めるようなことを言っている。全く松木さんの言論と姿勢には一貫性がない。

学問であればいくつもの学説や仮説があってよい。かつての常識が覆ることもままある。
しかし信仰はそうではない。かつてお山の大御本尊を渇仰し御法主上人に随順していた創価学会員の現在の姿と松木さんは変わらない。

単なる怨嫉の逆恨みでしかない。
汝信仰の寸心を改めよと言っておきます。

今夜は焼肉&飲み放題(^^)v
 

カンブリア大爆発

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月18日(金)21時27分52秒
返信・引用 編集済
 





人類学について初歩的な啓蒙文を書こうと思っているが、ぜんぜん、前に進まないぞ。(笑)、

カンブリア爆発というのはべつに地球のどこかが爆発したわけではない。この時代に(沖積世)
数え切れない、おそらく数百万という単位の生命が誕生したのである。



ま、ぼちぼちやるさ。


宗教からはじまり、生命を考え、地球物理学で宇宙のなりたちを学び、そして現在の我々人類に
対する観察からあらたな展望を考えているが、いま少し時間がかかりそうである。

なんとしても、アイヌ民族がわからない。どの学説も納得するものはなく、思い切って私の意見
を、今度の縄文学の講座で披瀝しようかと思っているのだが、いま少し時間がかかりそうである。




 

Re: たーさん見てる?

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月18日(金)21時21分36秒
返信・引用
  > No.150[元記事へ]

> 同信の法華講員と喧嘩するより謗法の学会員を破折するところを見てみたいもんですな。
> 出来栄えによっては、、、、さんか亭おごりますよ。m(_ _)ノ彡☆バンバン ぷっ(@^^)/~~~


私は学会員を否定はしない。すくなくとも一般的な学会員は世間で真面目に生きているし
稼業にも懸命に励んでいるようだ。

私にとって宗教の教理などで人間性が決まるとは考えていない。日蓮正宗の森常男や黒川
なんぞの謀略と輕脳者と比肩すれば一般の学会員のほうが人間らしいと観察している。

黒川や森をはじめ、御講から帰って飯を食ったら喉につまらせて死んだり、亭主が汗水かい
て稼いだ大事なカネを浪費するバカ女が多いのか理由がわからんよ。

共通しているのは「日蓮正宗・法華講」というキーワードである。法華講員の悪業の現証を
話せというのであれば一晩でも話せるぞ。(笑)、

少なくとも宗教を持ち信仰を持ったのであれば世間の人から尊敬されろとは云わないが、そ
れなりの見識と現象を示すべきであろう。

坊さんをみれば、こんな貧乏で弱小な教団の中で出世コースを狙っているおかしな連中や
法事の席で参加した謗法の親族の頭上に御本尊を乗せて折伏成果を偽ってみたり、こんな
もの、信用出来るかよ。

そもそも、こんな弱小教団で出家するなんぞは、よほど世間で通用しない無能者か技能不足
の集団なのか、つくづく僻めでみてしまうのだ。(苦笑)、

出家をするのであれば命懸けで折伏・弘教に取り組んでみろ、と云いたいね。

日興上人が駿州・甲州における折伏弘教の法将だったことを思いだして見ろよ。現在の身延山
のもといは日興上人の活躍によるものである。

おおいに反省をうながしたいものであろう。



 

よう、オヒサ

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月18日(金)19時56分37秒
返信・引用 編集済
  > No.148[元記事へ]

> 閻魔様で思い出したんやがね。解ったらおせーて。
>
> 1)閻魔さんは誰に任命されて閻魔の役をやっとるんかいな?
>
> 2)罪なき者は三途川すら通らずに、特別の橋を通っていく云うのが有りますが、
>   誰が罪ありやなきや見極めるのでっかいね??
>
> 3)肉食妻帯坊主を閻魔さんはどない解釈しまんのや?
>   ついこないだまで、キッチリシバキあげとったのに、明治政府の許可がおりたから・・・・
>   で閻魔さん納得しますんのか?


十王とか五道冥官とかはもともと中国の道教の教えの中にあり、格義仏教的な考えからこれ
を取り入れたのではあるまいか。

日蓮聖人にも「十王賛嘆抄」なる御妙判があるが、真偽未決というところで、蓮祖の末弟の
だれかが紛れ込ませた可能性もある。

肉食妻帯に関しては、仏教では南伝(原始仏教)では否定していない。「三種浄肉」といって
仏(僧)に対する供養として殺したものではなく、殺したところみていなく、供養のために
ころしたと聞かなかった肉に関してはよいということになっている。


正宗の場合はかなり異次元的な世界であるようだ。家族のために宗祖の教えに奮闘努力する
のであればこれは妻帯も飲酒もいいだろうが、家族を守るために信者を食い物とかんがえて
いるようなものがまま見受けられるのではないか。

中には「能化」なんぞという愚にも付かない名誉職がちらついて自分の信者を売るバカ僧も
いるようだからな。(笑)、

正宗は、日達上人以降顕師の時代からおかしくなってきて「科学」を無視して信仰という神話
の世界に逃げ込んだことがそもそも衰退のはじまりであろう。

今の日如師にしても花野充道御尊師を追放したことは、科学という難解で広大なアカデミック
から遁走しているのである。こんなもの信用できるか。

現在も米国の半分の州が「進化論」を認めていない。こんな国など科学面で信用できるか、
つぅんだよ。

顕師をみてみろ。五百塵点劫と三千塵点劫がどちらが古いか、という簡単な科学的思考すら
持ち合わせていないのだ「三千塵点劫といっても五百塵点劫とくらべて決して短い時間では
ないのです(趣意)」などとのうのうと世法に生きる信徒の前で説法しているのである。

久遠元初といっても仮の一点を仮設するから、達師の場合は太陽系の出来たときを以て久
遠元初と仮設したが、そこから百塵点劫→三百塵点劫→五百塵点劫 → 三千塵点劫とか
ぞえれば良いのである。

こんなもの「算数」の世界であろう。この程度で法主職がつとまるので有れば「教学」なんぞ
必要無いではないか。

もちろん科学が万能であるとはいわないが、少なくとも世間並以上には学問というものを
身につけるべきであろう。いま、日蓮正宗という宗派は信仰心という神話の世界に閉じこもって
いると云ってもよいだろう。こんなもの相手に出来るかよ。



 

たーさん見てる?

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月18日(金)02時41分43秒
返信・引用
  同信の法華講員と喧嘩するより謗法の学会員を破折するところを見てみたいもんですな。
出来栄えによっては、、、、さんか亭おごりますよ。m(_ _)ノ彡☆バンバン ぷっ(@^^)/~~~
 

まっちゃんにも友達がいたんだね(^_-)-☆

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月18日(金)02時35分47秒
返信・引用
  今時まっちゃんの友達と言えばたーさんくらいしか思い当たらないけど良かった良かった\(~o~)/

悟らんどの不用意な書き込みが思わぬところで日蓮正宗の誹謗中傷につながるとは思いもよらなかったけどここはまっちゃんに任せるわん。
たーさんも参入して賑やかにやるよろし。

ここは信仰者の信仰に基づく掲示板ではないからね。
がつんとまっちゃんに意見してやろうと思ってたけどそれは焼肉屋でやりましょう。\(~o~)/

不信心者と謗法者のやり取りを高みの見物させてもらいます。やっほー。(^^♪
 

しつもぉぉん

 投稿者:雑賀鉄砲隊  投稿日:2018年 5月17日(木)21時37分28秒
返信・引用
  閻魔様で思い出したんやがね。解ったらおせーて。

1)閻魔さんは誰に任命されて閻魔の役をやっとるんかいな?

2)罪なき者は三途川すら通らずに、特別の橋を通っていく云うのが有りますが、
  誰が罪ありやなきや見極めるのでっかいね??

3)肉食妻帯坊主を閻魔さんはどない解釈しまんのや?
  ついこないだまで、キッチリシバキあげとったのに、明治政府の許可がおりたから・・・・
  で閻魔さん納得しますんのか?
 

ご挨拶

 投稿者:雑賀鉄砲隊  投稿日:2018年 5月17日(木)21時12分43秒
返信・引用
  おひさしぶり、、松木はん!

わてな、こないだまで”オトコを磨く道場”に幽閉されましたん(笑)。

・・・もちろん冗談やが、生活基盤が変ってね、えろう御無沙汰しとります。

掲示板みたところ、なにやら悟らんどはんと楽しゅうやっとりまんな。

ほんでEDて何や?ああ、チンボたたんのか。

気の毒やな~、けど悟らんどはんが悪いんやのうて日蓮正宗に御利益が無いからなんやで。


順を追って説明するとな、信者には、「折伏」いう名のドッグレースさせて、ほとんどの坊主は何もせん!!

正宗の坊さんが他宗の僧侶を折伏し帰伏せしめたなんていう記事を見たことありまっか?

坊主に直接折伏されました!いま、しあわせにやってますなんていう体験談見たことありまっか?

わて、まったくありまへんのや。こないなもの信じとったらそりゃチンボもたたなくなって当たり前やん。

ほんで、悪いことに信者のチンボはよう立たせられんのに、坊主のチンボは節操なくおったつ奴ばかりですやん。

児童買春2件、見ず知らずの婦人を襲って強制わいせつ+下着泥!!

従業員千人規模のカイシャで3人も性犯罪の加害者が出るってもう病んでますやん。

功徳?ご利益?眠たいこと言ってあきままへんで。大石寺なんぞ魔窟ですわ、近寄ったらアキマヘンわ。


あ、言い忘れたけど、アニさんワテも焼肉食いたいでっせ。よろしゅうに(笑)。



 

あの世の序列だとう?

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月17日(木)19時38分45秒
返信・引用
  > No.143[元記事へ]

> 冥界の十人の王様だけど普通一番偉いのが閻魔様だと思ってると思うけど、五番目の裁判官なんだよね。
> あの世の序列ってどうなってるの?ってずっと疑問に思ってた。
> 知ってたら教えて。
>
> もっとも三大秘法の順番を間違えてたまっちゃんだからあてにはしてないけどね。
> m(_ _)ノ彡☆バンバン


一大秘法を開いた三秘に順番があるとはしらなかったわい。(笑)、


あのよには序列があるのた。法華経だ。「地涌」の意義を知っている仏教者はいない。

そもそも「地下世界」とはなんぞや、簡単なはなしで「死者の世界であり冥界」である。

法華経が阿弥陀経と同じ第一期大乗仏教運動の成果であることは仏教界の常識である。
阿弥陀経の西方極楽浄土思想と、法華経の地涌思想は同じ思考なのである。

地涌の上首というのは過去世の死者をさしたもので、すべての死者は眷属にしたがって
分類されているだけである。

上行が教主釈尊より年長なのは過去世の死者の群類を示しただけである。

おわかりか、オバカいの。(^^/






 

西城秀樹さんが亡くなられた、

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月17日(木)19時31分6秒
返信・引用
 





美空ひばりさん、菅原文太さん、高倉健さん、日高悟郎さん、かまやつひろしさん、井上堯之さん、とくに
かまやつさんや、井上堯之さんにはおおきな音楽的影響をうけた。

これらの方々は「昭和」という時代を代表する文化的存在であり、私にとって「先達」といってもよい立ち位置
なのだが、西条秀樹さんは同時代というべき世代の人であり、今回亡くなられたことに別な意味で衝撃であった。

脳梗塞を二度も患ったが、後遺症と闘い再起をめざしたそのすさまじい生き方はメディアで流されていたので
これを見た多くの人々が勇気を得たのではあるまいか。

ひとりのヒトの生き方が多くの人々に感動と勇気を与えるなどということはめったにあるべきものではないだけ
に、惜しい人を亡くしたものである。

私じしんは「ブルースカイブルー」とこの歌をうたっていた年齢の西条さんが好きでとくに白いスーツに黒い
シャツを着て黒いシャツのエリをおもてにだしたかっこうは、トラボルタの「サタデーナイトフィーバー」の影響
があったものだろうか?。じつは、私も持っていたのだ。(^^;





 

Re: 何もわかってないね、くす。

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月17日(木)19時12分18秒
返信・引用
  > No.142[元記事へ]

> いわゆる数え年というのは人の人生に限りませんよ。
> 数を数えるときには〇から数える場合と1から数える場合があります。
> たとえば平成とか昭和にはゼロ年はありません。通常人はゼロ歳から始まります。
> 宗門で立宗七百年とか言う場合立宗した年が立宗1年であり翌年が西洋的な考え方では一周年といいますが日本人古来の考えかたとして立宗2年となるわけですね。だから日蓮正宗で立宗七百年は某教団では699周年になったりするわけです。
>
> おわかりですか?



※なにもわかっておらんのは宗門であろう。「跡条々事」で興師が「弘安八年より元徳二年
に至る五十年の間云云」の項に於て、大碩学の寛尊や堀上人まで、「大数か」とかカッコ書き
で「(四十九年)」と解きほぐしているが、

目師の諫暁は弘安四年が第一回で、この壮挙は前年から企画されていたもので、弘安四年を一
年目とすればまさしく「元徳二年」は「五十年」である。

このていどの解読も出来ない宗派が日蓮正宗という宗派なのである。まったく不可思議という
べきで、何故?このていどの史実の読み解きが出来なかったのか奇怪な思考宗派ではある。




 

そんなことより

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月17日(木)02時53分25秒
返信・引用
  冥界の十人の王様だけど普通一番偉いのが閻魔様だと思ってると思うけど、五番目の裁判官なんだよね。
あの世の序列ってどうなってるの?ってずっと疑問に思ってた。
知ってたら教えて。

もっとも三大秘法の順番を間違えてたまっちゃんだからあてにはしてないけどね。
m(_ _)ノ彡☆バンバン
 

何もわかってないね、くす。

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月17日(木)02時06分9秒
返信・引用
  いわゆる数え年というのは人の人生に限りませんよ。
数を数えるときには〇から数える場合と1から数える場合があります。
たとえば平成とか昭和にはゼロ年はありません。通常人はゼロ歳から始まります。
宗門で立宗七百年とか言う場合立宗した年が立宗1年であり翌年が西洋的な考え方では一周年といいますが日本人古来の考えかたとして立宗2年となるわけですね。だから日蓮正宗で立宗七百年は某教団では699周年になったりするわけです。

おわかりですか?
 

Re: 一周忌&七回忌再

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月16日(水)20時11分56秒
返信・引用 編集済
  > No.140[元記事へ]

> >※おい、里ランドよ、きみは一周忌と七回忌の本質的な違いがわかっているか?、(笑)、
>
> と言われてもなんのこっちゃ?ですが、、、、
> 思い当たることと言えば、、、
> 人は亡くなると十人の冥界の王により都合十回の裁判を受けることになっているから、それは三回忌で完結してるので七回忌の時にはみんな行き先が決まっちゃってるというぐらいですかねえ。
>
> もっとも悟らんどのような極善とまっちゃんのような極悪は即行き先が決まっちゃうのでこのような裁判を受けることは無い。
> しかしながら最後まで残ったとして、とぶらうものあれば善処に向かう悟らんどと違って、しばらく地獄にとどめ置かれるまっちゃんにとっては七回忌は重要な節目となりますね。m(_ _)ノ彡☆バンバン
>
>



なにもわかっておらんのう(苦笑)

一周忌というのは、起点から一年が経過した日にちであり、七回忌というのは、周期では
六年目をいう。

これは、つまり、ヒトは、生まれる前に10月と10日を母親の胎内で過ごす。これを人生の起点
とするから「数え年」という思考がうまれるのである。(コホッ)

つまり、ヒトの人生は数え年で数え、外部から(親族)の周期年は外部(親族)の立場から
数えるのであるよ。


おわかりか?、

オバカイの?。



(苦笑)






 

一周忌&七回忌再

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月16日(水)08時30分31秒
返信・引用
  >※おい、里ランドよ、きみは一周忌と七回忌の本質的な違いがわかっているか?、(笑)、

と言われてもなんのこっちゃ?ですが、、、、
思い当たることと言えば、、、
人は亡くなると十人の冥界の王により都合十回の裁判を受けることになっているから、それは三回忌で完結してるので七回忌の時にはみんな行き先が決まっちゃってるというぐらいですかねえ。

もっとも悟らんどのような極善とまっちゃんのような極悪は即行き先が決まっちゃうのでこのような裁判を受けることは無い。
しかしながら最後まで残ったとして、とぶらうものあれば善処に向かう悟らんどと違って、しばらく地獄にとどめ置かれるまっちゃんにとっては七回忌は重要な節目となりますね。m(_ _)ノ彡☆バンバン

 

ますます判らなくなってきた日本人の先祖(縄文)

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月15日(火)21時45分59秒
返信・引用
 





・核DNAの解析は日進月歩で進んでいる。で、このおかげで ますます日本人の
先祖がわからなくなり、振り出しに戻ってしまった。

日本人は朝鮮人のDNAを持っていないし、稲作の起源である大陸人のDNAも持っていない、

オレたち現在の日本人は何処から来たのか、ますます疑問は深くなっている。


たが、これだけはいえる。

われわれ日本人は、久遠元初から独立的に存在していたわけではなく、出アフリカの
一部分であり、形態はアジア的であってもDNA的には、欧州的な内在する形質をもって
いるらしいが、これが形質学的にどのような判定をするのかは、これからの研究の成果
に待つしかないだろう。






 

Re: 一周忌&七回忌

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月15日(火)21時37分38秒
返信・引用
  > No.137[元記事へ]

> 5月12日、義母の一周忌と義父の三回忌を菩提寺において奉修しました。!(^^)!
>
> ご住職の他に総本山からいらしてくれた私の親族の御僧侶も加わり日蓮正宗の化儀にのっとり、参列者は私の家族を除き謗法者(学会員も含む)ですから折伏の意義も含めて執り行われました。
>
> 6月1,2,3と夏期講習会に参加してきます。
> それが終わると多少落ち着くので土産話をたくさん持って帰りますので、焼肉食べましょう。



※おい、里ランドよ、きみは一周忌と七回忌の本質的な違いがわかっているか?、(笑)、

答えをまつネ。(笑)




 

一周忌&七回忌

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月13日(日)16時16分29秒
返信・引用
  5月12日、義母の一周忌と義父の三回忌を菩提寺において奉修しました。!(^^)!

ご住職の他に総本山からいらしてくれた私の親族の御僧侶も加わり日蓮正宗の化儀にのっとり、参列者は私の家族を除き謗法者(学会員も含む)ですから折伏の意義も含めて執り行われました。

6月1,2,3と夏期講習会に参加してきます。
それが終わると多少落ち着くので土産話をたくさん持って帰りますので、焼肉食べましょう。
 

ED問題

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月11日(金)00時16分1秒
返信・引用
  だからこれは年のせいとかじゃなくて、煩悩を断じ尽くした功徳の実証だから。!(^^)!  

日正寺様参詣

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月11日(金)00時13分34秒
返信・引用
  10日夕久しぶりに日正寺さんに参詣させていただきました。
17:30から30分唱題し18:00から夕勤行を共にさせていただきました。
思えば松木さんに初めてお会いしたのも日正寺さんの朝勤行でしたな。
あの頃はまだまっちゃんも純な信仰心が垣間見えたものだが、、、、、
 

EDか?

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月 6日(日)20時19分3秒
返信・引用
 





悟らんど、すまん、EDの話題な、オレ酔っぱらっていて、「いつ?こんな記事
書いたっけ?」て、編集しているとき間違って消してしまつた。(^ー^;


EDっちゅううのは「病気」の場合と加齢による自然状態のふたつがあり、よう
するに海綿体の動脈に血液がはいりにくくなった状態で、50歳すぎたら普通に
おこるんで、どうもなりはしない。

しかし、経験から言えば「相手がかわって新鮮な恋心によりこなせる場合」も
あれば、血管の状態で心理とはべつに勃起不全の状態が維持されつづければ
あきらめるか、バイアグラのような血行促進剤系のくすりの処方をするしか
ないだろうな。


すすきのにある「赤ヒゲ薬局」のような精力剤の専門店もあるから検討するの
もひとつかもしれない。

これもオレの経験だが「亜鉛」を飲んでいたことがあるのだが、飲み始めは朝
勃ちしたことがあるし、「マカ」を飲んだこともあるがこれも飲み始めは朝勃
ちしたことがある。

しかし、健康食品とは体が慣れればやはり効かなくなるようだな。体が慣れて
しまうのだろう。


札幌の駅前にあるED専門の医院のはなしを聞いたことがある。まず診断といっ
ても、薬の投薬にあたっての注意事項を聞き、他の高血圧などの薬を飲んでい
るときは、併用が出来ない場合があり、バイアグラでも飲む前に食事をとると
聞かなくなるようである。

ただ、一錠が850円くらいで、つまり「一発=850円」からで、日本製の薬品で
ジェネリックでもっと安いものがあり、処方は保険の適用外なので保険証はい
らない。

まだ薬は欲しいぶんだけらしい。まあ、年齢も年齢だがら、納得することだな。(笑)、


そういえば数年前、70歳の爺が女子大生をレイプし、勃たなくて失敗したとい
う記事が週刊誌にのっていたっけ。

しかし、これだけは云える。オトコは生涯にわたり「恋心」をわすれてはいけ
ない。






 

東区の焼肉屋

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月 6日(日)09時08分27秒
返信・引用
  >白石のサンカ亭か・・・オレの行きつけの焼き肉やは数件あり、東区の新道にある

焼き肉屋に、以前から云ってみたいとおもっていたのだ。

名前は失念した。(汗;



味覚園じゃないっすか?
北区の新道沿いにもあるけど。
東区の方はこの前行ってきました。
 

ニブタニ文化について

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月 5日(土)21時21分5秒
返信・引用 編集済
 





北海道の平取町は「平取和牛」のブランドで知られている。和牛の松坂や神戸
牛の系列(黒毛和牛)なのだが、この地はアイヌ民族の聖地としてもしられて
いる。


しかし、そのアイヌ民族の聖地であるニブタニの「沙流川」にダムができてニ
ブタニの遺跡は発掘されたものの、アイヌ民族の文化は破壊されてしまった。


倭人の暴挙にたいし、これに敢然と対したのが「萱野茂」というアイヌのエカ
シというか、「総エカシ」であった。


これは、「萱野茂・民族博物館」として、国の有形文化財に指定されているの
で、考古ファンの人であれば一度はおとずれて感慨を深めるべきであろう。


オレたち日本人は何なのか、どこから来て何処に行こうとしているのか?。


連休で酒びたりでネットにアクセスするだけでなく、現実の世界観を養ってき
たるべき未来につなげる真実の歴史と、真実の哲理を考究すべきであろう。


オイ、オマエ。オマエだよ、(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、



焼き肉でも食うか。(笑)、今度はオレも生ビールを飲むぞ。帰りは波木井坊に
たのんで代行運転でも頼むか。(笑)、






 

北海道・静川遺跡について、

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月 5日(土)21時01分8秒
返信・引用
 





荒天にもかかわらず、以前から気になっていた「静川遺跡」にいってたきた。
いまから6000年ほど前、縄文時代に途方もない土木工事が行われた。

弥生時代の還豪遺跡はかずあるが、縄文時代の還豪遺跡は珍しいといわれてい
るが、北海道には道南の函館方面から道南北方面の伊達地方にかけて三箇所の
代表的な還豪遺跡がある。


これを現代の土木工事でやるとダンプ25台をふる稼働して半年かかり、おまけ
に作業員が専従で20名ほど必要だとのことである。

こんな巨大な遺跡をどうして縄文人たちは造ったのであろう。この遺跡には
二軒の建家の跡がのこされているが、生活用具の発掘が見られないということ
は、

この遺跡が「宗教的聖地」であったことを物語っている。

縄文人は「宗教・哲学」をどのように持っていたのであろうか。


渺々と吹きすさぶ風のと霧雨の中で、ひとりで広大な遺跡の中にたたずんでい
ると、縄文人たちが着飾って集まってくることがわかる。

女性は髪を櫛で梳きあげて結い、ワンピースを着て皮のサンダルをはき、口に
は紅をぬり、ヒスイやコハク、他の宝石で造られた首飾りをさげ、腕輪をして
皮のベルトで腰をしぼり、漆の木器や動物の骨を部品としたファッションで
着飾り、

男たちは石鏃(せきぞく)のナイフを身につけ、皮の衣服に皮のベルト、皮製の
ズボンをはいて、皮の靴をはき、髪を束ねてまとめあげ、ヒゲを伸ばすものや
石器で剃るものもあり、身分の一定性があったのであろう。



それらの縄文人たちが、ぼくのかたわらを通り過ぎていった。

笑いさざめきながら、そして堂々と儀式の主役となる年輩のエカシを先頭にこ
れを守護するがごとく、熟年の指揮者とこれを守護する若者たち。

そして、その中の若者というか、バカモノというか、マヌケな縄文人がふりか
えってボクをみてニヤリと笑った。・・・・・なんだ?あのやろKじゃねー
か。

して、つづく縄文人のあでやかな女性のひとりがふと、ふりかえった。・・・

・・・・定食屋のねーちゃんじゃねーか。



これでは、考古学も人類学もねーな。こんな野郎にコンタクトをとるんじゃな
かったわい。(汗;、





 

Re: 削除オーケー

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 5月 5日(土)20時32分36秒
返信・引用
  > No.128[元記事へ]

> いくつかの絶妙なやりとりが削除されたのは残念である。
> 本気で日蓮正宗について語り合いたいなら受けてたつ気がちょっぴりあるけど、
> 戦う気がまともにあるのかね?
> 飲みの誘いならいつでも受けてたつけど、
> 白石区中央のさんか亭でね。


※ううっ・・・すまん、オレの場合、ときどき酔っぱらってPCを

操作していて、やるときがあるのだ。(汗;、

白石のサンカ亭か・・・オレの行きつけの焼き肉やは数件あり、東区の新道にある

焼き肉屋に、以前から云ってみたいとおもっていたのだ。

名前は失念した。(汗;
 

たーさんに捧ぐ一曲

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月 4日(金)22時39分56秒
返信・引用
  中島みゆきさんの「友情」

♪救われない魂は 傷ついた自分のことじゃあなく、救われない魂は傷つけ返そうとしている自分だあ、、、、

倉本聰いわく
「みゆきの中には神がいる」とら云々。
 

削除オーケー

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 5月 4日(金)20時15分29秒
返信・引用
  いくつかの絶妙なやりとりが削除されたのは残念である。
本気で日蓮正宗について語り合いたいなら受けてたつ気がちょっぴりあるけど、
戦う気がまともにあるのかね?
飲みの誘いならいつでも受けてたつけど、
白石区中央のさんか亭でね。
 

これは世法の話である

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 4月30日(月)22時06分26秒
返信・引用
  DNAのことはよくわからないがどうやらEDを発症したようである。(T_T)
先日来どうも調子が良くない。風邪のせいか、飲みすぎのせいかと思っていたが年のせいのようである。
近年、単身赴任が続き女人に接する機会が無かったことが原因か?禁欲は罪である(ー_ー)!!
愛妻のためにも定食屋のねえちゃん的存在も男には必要なのかもしれない。(^_-)-☆
JKやJCに手を出せば犯罪だが誰か定食屋のねえちゃんになってくれないかなあ。あくまで愛妻のため( ^^) _Love
 

Re: 三大秘法

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 4月25日(水)21時19分53秒
返信・引用
  > No.124[元記事へ]






なんだ、オメーだな、(笑)

> ところで日本人の先祖って縄文人は関係ないんじゃないの?
> 大陸から来た弥生人に滅ぼされたって聞いたけど。。。。全くの門外漢(汗)


いや、最新の研究では、朝鮮半島の米には日本の米のDNAが検出されず、面倒な話となるが日本の米のDNAである

「RM1a」「RM1b」「RM1c」の三種類が朝鮮由来の米には無く、中国の長江にあるということが近年発表されてい
るのだ。(佐藤洋一郎著「DNAが語る稲作文明」=NHKブックス)

また、朝鮮半島には縄文人の遺跡が発掘されており、縄文人の半島進出はあるが、明確な朝鮮半島からの日本
移住の証明は出来ない、となってきている。

これは「柳田国男」の海上ルート説が正しかったことが明らかとなったもので、「稲作」は中国から直接日本
にはいってきたこととなっている。

言語学では地名にしろ稲作技術に関する言語としての朝鮮語は一語もなく、今回発表された「核DNA」の解析で
は、どうも朝鮮人や中国人とは近因だが直接的なものは発見されず、縄文人のDNAは孤立的でますます謎がふか
まっているらしい。


近い内に一杯やろうや、またオレがハンドルキーパーをやるよ、それにしても旨そうに飲んでいたよな。





 

書籍紹介-「日本人の源流」 斉藤成也・著

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 4月25日(水)20時58分44秒
返信・引用
 





今回は衝撃の一冊であった。もともと史学系では人類学や考古学も含めて、新資料、新発見の化石人骨等が発見
されれば、それまでの学的常識が天地逆転のごとく変化するのは当然といえばとうぜんのことなのである。

しかし、今回のこの一冊は、これまで読破したミトコンドリアDNAを中心とした化石人骨の解析書のことごとく
が「徒労」となったのである。

もともと考古学的なものは日進月歩であり、古書店の本では資料とならないくらい最新の研究書を購入せねばな
らず、金額も張りるが、なんせ二年前の研究書はすでに研究の化石状態なのである。

で、今回紹介する書籍は最新のDNA解析手法の本で、すでに一世を風靡したミトコンドリアDNA解析は過去の
遺物となってしまったのである。最近読んだ数十冊の研鑽はまさに徒労に帰したのであるが、結果として「日本
人の源流」は、過去の形質学に基づいた議論の正しさを証明することとなったのである。

ミトコンは情報量が少なく、またコンピューターソフトの進歩により、細胞内の「核」の膨大なDNAを解析で
きるようになり、まさに最新の分析法によってより深く正しい日本人像を打ち出しているのである。


「日本人の源流」著・斉藤成也(国立遺伝学研究所教授) 河出書房新社刊





?


 

三大秘法

 投稿者:悟らんど  投稿日:2018年 4月23日(月)18時46分39秒
返信・引用
  ここは大乗仏教徒が世法の森羅万象を論評する掲示板とのことなので自分は全くの通りすがりにすぎない。
相手になってやると言われても相手になるつもりは無いが、ただし、大酒を飲ませてもらったお礼に一言ご挨拶。
>日蓮聖人の仏法思想は「三大秘法」につまるのであることは、初心の信徒でも知っている
ことがれであろう。

なるほどしかし三大秘法を論ずるなら
①本門の本尊
②本門の戒壇
③本門の題目
となることはいかに知能が低下したとはいえ法華講の初級のテキストにも載っておる。
m(_ _)ノ彡☆バンバン

また奢ってくれたら相手してあげてもいいよ。m(_ _)ノ彡☆バンバン

ところで日本人の先祖って縄文人は関係ないんじゃないの?
大陸から来た弥生人に滅ぼされたって聞いたけど。。。。全くの門外漢(汗)

 

日本人のルーツを考えた、

 投稿者:法太郎  投稿日:2018年 4月18日(水)22時05分26秒
返信・引用
 





最近、われわれ日本人のルーツが気になっていて、様々な古代とくに縄文文化に関して調べているが、

考古を学ぶには、古書店の古い著作ではだめだ、ということが判明した。考古学ではmtDNAの解析法などの
進化で判定が変化し、古いものでは学習にならないということがわかったのだ。(笑)、

DNA判定が過去には「制限酵素」で解析していたものが、90年代から「電気泳動」から全塩基配列の解析が可能
となり、DNA解析が飛躍的に高度化しているが、それでもDNAの95㌫は発動せず、2㌫程度のミトコンドリアでも
じゅうぶんに正確な解析が可能となったのである。

このおかげで、もし考古学や人類学をかじってみたいというのであれば、最新の発刊による最新の情報を学ぶ
べきであろう。

必要な書籍はすでに30冊をこえ、まだ注文をしているさなかである。しかしおもしろいのは「DNA」であり、こ
れはじゅうぶんに睡眠不足となることは必定である。





 

日蓮正宗とは、ウイルス宗教か???(笑)、

 投稿者:法太郎  投稿日:2018年 4月11日(水)20時25分11秒
返信・引用 編集済
 





笑っちゃうぜ(笑)、さいきんはウイルス攻撃が無くなっていたのだが、私が

日蓮正宗の負い目についてアップしたらウイルス攻撃が再発したというよりも、

「激化」してきた。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、


さすがに御法主上人の眷属ではある。(爆笑)、

法道院の法華講員というのは敵対するものはどんな手段でも潰す、というのが
基本的思考のようである。(苦笑)、


で?、何が出来るのかというと、黒川和雄のようにDOS攻撃で進撃を遅らせるか、

モーリーのように、バックのIT屋の進言で「トロイの木馬」というウイルスを
ぶち込むか、という程度であるようだ。(笑)、

日蓮正宗さんも知的質が落ちた模様である。(苦笑)、

知的水準が下がったというのは、ようするに「バカが増えて充満しているということ」
である。(苦笑)、


これらは、すべて私の想定内のことであることを改めて云っておく。


日蓮正宗応顕寺のモーリーは、私が経済関係の投稿を連チャンすると、経済メールを
送付して、その中に「トロイの木馬」をしこんできた。(笑)、

これは5~6年のあいだつづいたのである。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、

私が政治や経済の学問にうつつをぬかしているとでも思ったのであろう。

これが日蓮正宗法華講員の知的レベルなのである。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、



森などは私の掌のうえで飛び回るただのバカにすぎなかったのである。(笑)、


だが、今回の執拗なウイルス攻撃には、いかんせん、大乗仏教徒としての大慈悲心と引き替えに

警察権力のサイバー部に被害届をだすこととした。


あるひ、日蓮正宗の御法主上人猊下の関連者がウイルス攻撃の犯人だった
という新聞記事で、おおくの同朋が、日蓮正宗という宗派の真実を知ることとなる



ということに、なるかもしれないネ。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン





 

バカウィルス (笑)、

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 4月 9日(月)21時22分29秒
返信・引用
 

また 「Trojan:Win32/Fuery.A!cl」をしこんできたバカがおる。(笑)、


本日の21時06分である。(笑)、


性懲りもしないバカよ。(笑)、


ナンボでもよこせい。ナンボでも削除してやるわい。おかげで

私のPCの学習能力があがってきたぞい。(爆笑)、










 

三大秘法の構造について、

 投稿者:法太郎  投稿日:2018年 4月 6日(金)19時35分10秒
返信・引用
 





さる方からメールをいただき、大聖人の仏法の根幹がわかっているのか?とのご質問をい
ただいたので、あらためて確認しておきたい。


日蓮聖人の仏法思想は「三大秘法」につまるのであることは、初心の信徒でも知っている
ことがれであろう。


この三大秘法の構造は以下の学的思考のもとになりたっている。


① 本門の本尊=妙法大曼陀羅は一念三千を表したものであり、これは天台智者の摩訶止
  観がもといであり基本的思考は「天台智顗」の思想が根幹となっている。

② 本門の題目=題目は妙法蓮華経であり、妙法の文底の南無妙法蓮華経が本門である以
  上、基本的思想は「教主釈尊=釈迦牟尼仏」である。

③ 本門の戒壇=大乗戒壇思想はインドにも中国天台にも中国仏教にも無い。これは日本
  天台の叡山「最澄」独自のものであり、さる学者が云うには、伝教大師最澄は、わず
  かな唐の在中における大乗戒を「戒壇」と勘違いしたのではないかと論ずるものもい
  るが、今の所談ではない。故に大乗戒壇の基本的思考は「伝教大師最澄」である。


以上、このことは日蓮聖人みずから「三国四師」と結論づけられている。これに異論があ
るのであれば、いつでも云ってこい。いつでも相手にしてやるぞ。(苦笑)、


つまり、三大秘法というのは日蓮聖人の独創的な創造ではなく、切り文的な発想であり、
この思想を大乗仏教の最終的包含哲学と考えるか、おいしいとこどりの雑学的思想とみ
るかは関係者の信仰心や思考によるのであろう。

よく云われる宗教批評に「知識層の空海嫌い・知識層の日蓮嫌い」というのがある。そ
の評価者は或は梅原氏のような哲学者であったり、家永氏のような文学者であったりす
るのだが、まだまだ考究の余地がのこされた問題である。

ガンバレ日蓮正宗!!






 

ウイルス感染、

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 4月 5日(木)19時29分41秒
返信・引用
 





そうそう、プロバイダの担当者からメールがはいり

Trojan:Win32/Fuery.A!cl

という悪意のあるプログラムが入ったらしいので即座に削除したらしい。(笑)、

ヒマなバカがいたものである。いまはプロバイダのサービスでウイルスを監視して
いるのが常態であろう。

私のシステムはなんら異常なく平常どおりである。(苦笑)、






 

日高悟郎さんの逝去に鑑み

 投稿者:法太郎  投稿日:2018年 4月 5日(木)19時17分54秒
返信・引用
 





いま、STV放送のロビーにぞくぞくと日高悟郎さんの逝去にかんがみ、記帳に
おとずれる方が増えているらしい。

明後日の七日は「日高悟郎ショー」で追悼番組を行い、午後からテレビでも
追悼番組を放送するようである。

内地の他局からも参照のために訪れたこともあるオバケ番組であった故にこれ
も当然といえるのかもしれない。


私もまだ、ショックから立ち直れないでいる。毎週の楽しみであった悟郎ショー
が無くなってしまったのである。自転車でサイクリングを楽しんでいるときも、
ラジオを聞きながら走っていたのである。

「笑えた一日は幸せな一日」がスローガンであった悟郎さんの思想は、人が人と
して生きるためには何が必要か、ということを良くりかいできていたのだろう。

池田大作じゃないが、バカの一つ覚えで「朝起きて念仏無間、禅天魔云云」では
ほんとうの折伏など完遂できるわけがないのである。

人生に潤いをもたらすのは何といっても「笑い」であろう。過去に「バラの名前」
というショーンコネリー主演の映画があった。

アリストテレスの詩編に笑いを賛美する箇所があり、この書を秘密裏に隠してし
まったことから起きる殺人事件に主役が事件の解明をするというストーリーだが、

笑いはキリストを笑うことにつながると考えた教会のえらいさんの思考がもとい
となっているのだが、私がわかいころに学会にいたころ、圏男子部長からたかく
評価されたAという男がいたが、その理由が「やつのまわりには笑いがある」と
いうことであった。

森のまわりには陰謀と策略がうずまき、腹黒い黒川のまわりにはただのアホウが
渦巻いている。(笑)、

日蓮聖人が「命かぎりあり遂に願うべきは仏国なり(趣意)」といわれたように、
人の一生などはほんとうに短いものである、とは、私が高齢となったせいであろ
う。(汗;、

若いうちは人生の長さにうんざりしたり未来の遠さにのんびりしすぎたりしてい
たものだが、この年齢(とし)になると、少し焦りが出てくる。

やりたいこと、やるべきことはたくさんあるのに、仕事にかこつけて、あるいは
人生の雑事にふりまわされてだんだんと夢のりんかくがぼやけてきている。


日高悟郎さんは、40年間番組を一度も休んだことが無かった。三月の末に一度だ
け休み、次の週は最後の出演となった「悟郎ショー」でいつものようにかわらな
いパンチの効いたトークを展開していた。

それが、先週の土曜では休番だったので、「まさか」と云う疑念が沸いたのであ
る。

おそらく自分でも気付いていたものか、それが最後の悟郎ショーとなってしまっ
たのである。

人として、あるいは「男」として見事な人生の飾り方ではないか。すくなくとも
慈悲を標榜する大乗仏教にあってウソやゴマカシで虚飾の人生を送るよりも、

また謀略と策略に貴重な人生をかけるバカモノドモと比肩すれば、より大乗的な
生き方ではなかったのか。

私は日高悟郎さんのような素晴らしい才能のかけらもないが、悟郎さんの生き方
をめざし人生の最後まで学びつづける生涯をめざすつもりである。





 

さらば、日高悟郎!

 投稿者:法太郎  投稿日:2018年 4月 4日(水)19時38分45秒
返信・引用 編集済
 





昨日のひるま、ラジオから訃報の第一報がながれたとき、大きな衝撃をうけ愕然とした。

北海道で40年間つづいた「札幌テレビ放送(STV)」の人気番組である「日高悟郎ショー」の
パーソナリティである日高悟郎さんが闘病のすえ亡くなられたのである。

このショックは云いようがない。40年ものあいだ北海道の人々に支持され、ラジオ聴取率の
NO1を取りつづけたのである。

惜しげもなく放たれたウイット&ユーモア、ミステリーを語らせれば当代第一級の書評をなし、
映画は一流品から三級品まで幅広く鑑賞し、話題の書籍は悉く読破し、歴史、政治、経済、

庶民の習俗、歴史の裏話、決して定番や時代におもねることなく、歯に衣着せぬものいいは、

ある時は怒り、政治を批判し、時代を罵り、そして弱者を叱咤し激励し、多くの人が生きる
勇気や笑い、深い感動と優しさをもらった。

彼は、常に「全力」で番組にあたり、ラジオスターとして最近は「ラジコ」の普及により全国で
スマホからラジオが聴けるようになると、内地の人々からメールや批評がくるようになっていた。

74歳、本が好きでつねに手放すことなく勉強に勉強を重ね、芸人としての質と技量の精鋭さを
研き続けた人であった。


本日、STVホールまででかけ記帳をしてきた。所属の住職が死んでも葬儀を蹴った私がである。


かって池田大作が正宗の坊さんに云った「我が身の研鑽もせず云云」との言は或いは当を得ている
のであろう。

最近「天ぷら折伏」が正宗坊主のあいだで流行っているらしい。「預かり信徒」の手続きをした
ら、折伏成果の一と書類を操作し、葬儀などで他宗の親族が参加したら、御本尊を頭に乗せて
知らぬあいだに受戒が済んでいて、当の親族は正宗の信徒になったおぼえはない、というわけ
である。

仏教といえば「不妄語戒」が基本となろう、これで他人様に「嘘をつくのは悪いことですよ」と
云えるのか。これが正宗坊主のすべてとは思わないが、これに準ずるはなしはあちこちで聞く。

なんたる堕落であるか。最近も親戚に不幸があり、葬儀に参列したが曹洞宗の坊さんの説法に、

なぜ数字を数えるときに「数え年」があるのかといえば、出生にあたり母親の胎内にいた期間も
命の成長のうちに数えるからだとのことである。参列者一同おおいに感銘を受けたのである。

こんな素晴らしい説法が出来る坊さんが正宗にいるのか?ということにあるとゾロリと砂を呑ま
されたきになるのは私だけではあるまい。


日高悟郎の話芸にはこのような感銘の話題はことかかない、何故か?常に厳しい勉学に精励して
いるからであり、得た知識を知識として祭ることなく自分の知性で咀嚼しウイットやユーモアに
包んでわかりやすく問いかけるからである。

これに比べ、正宗の坊さん、ただ御妙判の一節を羅列し聖典を引用しても聞いている信者が何の
感銘も受けないのである。

勉学の成果を披瀝してもたんなる知識の羅列にしかならず「死んだ学問」となることがどうして
ワカラナイのであろうか?。ようするにバカが髪を詰めて衣を着ただけの「坊さん人形」が現在
の正宗の内実ではないのか?。

日蓮聖人の御妙判の「出家用心抄」に「衣を着れば人みな尊敬すなんぞおもいて(趣意)」の一節
があるが、正宗のすべての坊さんたち・・・・・無理か(笑)、


ともあれ、北海道という一地方の人々に生きる勇気と感動をあたえつづけたひとりの芸人が病を
得て亡くなられた。

さらば、日高悟郎!

こんな輝く星とはなれないが、常に我が身の研鑽をつづけ悟郎家族の末席の一として、生涯を
学び続けることを約したい。深く冥福を祈念するのである。

合掌!





 

札幌市 埋蔵物センター

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 4月 1日(日)20時58分44秒
返信・引用 編集済
 





札幌市には540件ほどの旧石器時代・縄文時代からの遺跡があるが、
本日、雨天でアウトドアがダメなので、まあ、以前から行きたかった
ところなので、行ってきた。

想像いじょうに小規模で学術とはほど遠い感じだった。

おなかがすいたので昼食はホルモンランチときどったが、
これもまた「不作」だったので店名は出さない。(笑)、





 

北林芳典氏の著作「最蓮房と阿仏房」

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 3月23日(金)20時22分17秒
返信・引用 編集済
 





なんと、一昨日の新聞の広告に、あの、一昔に「創価CIA」の実行部隊長といわれた北林氏が新見解の宗史
研究を発表したようである。

表題は「最蓮房と阿仏房」で、広告の見出しでは、

①竜の口の奇瑞は天変地夭ではなく「人の所作」
②最蓮房は日興上人の佐渡期の異名
③最蓮房こと日興上人は佐渡と駿河を往復していた
④「諸法実相抄」の「錯簡」とされてきた箇所は真実の対告衆を示す
⑤阿仏房の享年は四十歳前後
⑥順徳上皇供奉の侍とする説はまったくの嘘妄
⑦阿仏房は佐渡土着の「いびす」


以上である。宗史家にとってさぞかし興味深いことがらではないか。

じつは、私も30年ほど前に同じ研究をしたことがある。つまり、最蓮房が日本天台の老僧だとすれば、対告衆と
なった諸御抄の内容が比較的レベルは高くはないので、

①日本天台の「台密系」の学僧であり、日興上人も天台密教の学僧であったことは、静岡県資料にも採録され
 ている実相寺諫暁書にも明確である。

②当時、中古天台の復興運動者としての日蓮聖人に本覚仏教の研鑽のため信伏随従したことは、そもそも本覚
 思想そのものが密教思想から出発していることからうかがえる。

③最蓮房は駿河の住人である。ただし、日蓮聖人が「その国の仏法は貴辺にまかせ奉りて候ぞ」と云われた国が
 駿河の国なのか、佐渡から見て「日本全国」の意で云われたのかは不明である。もし日本全国を示したのであ
 れば、血脈附法としての地位が確立する。

④小説や映画では、日興上人は日蓮聖人の佐渡配流に従って渡佐したと表現されているが、じつは日蓮聖人の
 要請で貞観政要や立正安国論の写本の取り寄せを日興上人に指示されていて、日興上人は富木殿のもとで写本
 を作成し自ら佐渡に持っていっている。

これらの状況から、私も最蓮房とは日興上人の佐渡期の臨時の名前だったのではないか、といろいろと研鑽して
いたが、大石寺の客殿大過去帳に「最蓮房」の没時の日時が書かれているので残念なことに日興上人とは別人で
あると結論づけたのである。

阿仏房についても、私も疑念を持っていたものである。そも当時は六十代半ばが平均寿命であった時代に、八十
代の阿仏房が二度も身延に登山するなどいくら健脚といっても限度があろう。しかし北林の云う「土着のいびす」

については異論がある。そも「いびす=エミシ・イビス・エゾ」は頼朝の全国制覇によって事実上存在していな
いのである。

しばしば「蝦夷=エミシ」は体制に編入することを拒否した体制に浴さない人々のことであったから、奥州の
覇者である藤原氏が滅び、安倍氏は「蝦夷ヶ島=現在の北海道」の渡島地方に逃走して東北地方はすべて鎌倉
幕府の政治下にあったのであるから事実上蝦夷は絶滅したのである。

どのような集団でも関係者の地位や存在を高く表現しがちで、そのために史実を曲げられてはたまらないので
ある。とくに史学は一枚の史資料でそれまでの事柄が一変してしまうので、正しい思考のもとに正直な見解と
認識が必要であろう。


しかし、私は北林氏の研究は非常に有用な研究であると考えている。それは史学を考えた場合、宗門や関係機関
の定説の維持に汲々とするよりも、自由に闊達な論題や反論を為すべきであり、また様々な視点からの研究は
是非とも必要なことである。


北林氏の研鑽に敬意を表して。





 

人類学について、②

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 3月17日(土)19時49分38秒
返信・引用
 




宇宙空間には水素の密度が高く、低温の領域があり、これが「暗黒星雲」と呼ばれているものだ。この中でも
大きなものは「巨大分子雲」とよばれている。

この中にチリやガスがあり恒星と惑星や衛星の原料となり、これが収縮して原始的な星となり周囲のチリとガス
を集めて肥大し発熱して原始太陽(T-タウリ星)となる。この状態から三千万年くらいで太陽となる。

太陽のまわりでは低温のため水蒸気が凝結し、このチリのもつ自身の引力により太陽より遠い木星以降では木星
型の星となり、これ以内では地球型の惑星となる。

太陽のまわりにあるチリやガスが集合し、隕石や他の天体との衝突を繰り返し「原始地球」が出来上がる。大き
さは約10キロメートルくらいという。これらの天体や隕石の衝突を繰り返し、衝突の加熱で岩石などが溶けて
初期の地球は「マグマオーシャン」の状態であったという。

これは月も同じで、アポロ計画等により月の表面が「斜長岩」という岩石におおわれていることから、また月に
設置された地震計の計測から月の地殻は百キロメートルもあり、地球の40キロメートルと比べても厚い。この
状態となるには初期にマグマオーシャンが必要であり、マグマよりも軽い「斜長岩」が表面を覆うということ
である。

月は他の天体が地球に衝突して出来上がったという「仮説」がある。これを「ジャイアントインパクト」という。

これが事実であれば当時の地球は膨大な衝撃加熱でマグマ状態であったろうことが推測され、地球もやはり初期
には「マグマオーシャン」状態であったろうと考えられている。

液状の地球では、質量の重い金属が沈みこみ軽い岩石が浮き、地球の核には金属の鉄とニッケルで出来ているそ
うである。なんと、地球の核とはステンレス合金ではないか。(笑)、

また、核の上にはマグマが対流をつづけており、さらに軽い岩石でプレートが浮いている。これが現在の地球の
陸地である。二酸化炭素を中心成分とする原始的な「大気」もあり、表面の熱で蒸留された大気が雲となって雨
が降り注いでも、陸地の熱で蒸発し、地球の表層までは届かなかったらしい。

さらに地球の表面が冷え始め、降り注ぐ雨が陸地に届いた時が「原始海洋」のはじまりである。だが、研究者に
よって計測方法などの違いもあるが、おおよそ四十五億年前には原始海洋が出来たそうである。

四十億年前の地球は、原始海洋、プレートの花崗岩、そして最初の生命が発生したという。なぜこのようなこと
がわかるかというと、グリーンランド地方の地質などから、もし地球の表面に海水がなかったら、金星や火星の
ようにプルームテクトニクス(マグマの対流)によって二酸化珪素の少ない玄武岩質地殻が沈み込んでも溶解して

花崗岩を作ることが出来ないからである。玄武岩質地殻は形成直後に岩石融解の温度が低下するために海水と
反応していったんマグマとなって地殻に沈み込み酸性のマグマとなって対流により地表にあがつたときに花崗岩
となるからである。

地表に雨が降り注ぎ、さら地表が冷えると表層の岩石がプレートとなって初期の陸地となるのである。また岩石
に含まれる「ナトリウムイオン」が海水に溶けだして海水となり海水は二酸化炭素を吸収するので大気の温室効果が

減少してさらに陸地は冷えたようである。ここまでは地球物理学の分野の常識的な問題であり、さらにこのあた
りからいよいよ生命が誕生したということとなる。






 

みよしののラーメンセット

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 3月17日(土)18時39分8秒
返信・引用 編集済
 




うめっ。





たしかに、手振れはなくなったようである。(笑)、





http://

 

新しいカメラ

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 3月17日(土)18時35分40秒
返信・引用 編集済
 





さいきん、どうもカメラの調子が悪かった。デジタルカメラにピンボケなど起こりようもないのであるが、

外食にいっておいしかったものは紹介しようと思っても、うまく写らなくなっていた。

年齢(とし)のせいで手が震え始めたかとおもってケーズ電気に行って専門家の話を伺ったところ、カメラが古
すぎて「手振れ補正機能」がダメになっていたようである。(笑)、

それもそのはず、このカメラはもう30年も使っていたもので、すでに年代物の部類にはいるものだったのである。


そこで、アウトドア用で遺跡なんどの撮影に適したものということでニコンの水中撮影もできるカメラに取り
えることとした。

まあ、これで愛用のカメラの最後の撮影となったが、ほんとうはニコンよりキャノンのアウトドア用がいかった
のだが、人気機種で待ちが一月ていどということだったが、担当者が云うには、一眼レフではないが用途として
はこれがベスト、といわれ購入したのである。

値段は本体が23000円程度と安いが、付属に予備のバッテリーや62ギガのカード、ケース等も含めて五万円程度
までなったが、二眼レフとはいってもデジタルカメラの場合、液晶画面で見るので関係無いとのこと。

さっそく使ってみたが画像は良好であり、動画も撮れるという優れもので気に入ってしまった。






 

人類学について

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 3月16日(金)20時16分24秒
返信・引用 編集済
 





アイヌ、縄文文化を研究しているあいだに、人類の発祥について気になり、ついでに天体の発祥まで手を広げて
しまった。


先ず、ビックバンありきで空間にブラックホールができ、まあ宇宙空間の低気圧たいなもので、なんでも吸い
込んでいるあいだに内部が超圧力により過熱されその力で爆発してしまった。

これが現在の宇宙の発生で、宇宙物理学からいうと、なんでも現在の宇宙の発生は150~140億年ということで収束
しているようである。

太陽系の年齢は約45.5億年と短く、太陽系以前の物質であるシリコンカーバイドやダイヤモンドなどの鉱物が
隕石等から発見され、研究されているらしい。

太陽系はあと50億年ていどで赤色巨星化した太陽によって加熱されて蒸発し、外惑星を残して最後には星間に
ガスとして散ってしまうと考えられている。

まあ、その前に地球の生命はあと10億年くらいですべて生存不可能の状態ですべての種は消えているらしい。

宇宙そのものはあと100億年くらいはもつようである。





 

訂正

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 2月20日(火)21時01分56秒
返信・引用
 





以下の

「① 縄文時代は「狩猟・採取文化」であり、農耕は原始的な栽培のみであった、という常識的な考古学の
 世界で  六千五百年以前に九州で、縄文時代の真っ盛りなのに水耕遺跡が発掘されて歴史は一変したは
 ずである。」


以上は、私の勘違いであり、六千年前の「稲作」は「陸稲」であり、種類としては「熱帯ジャポニカ」で、
九州で発掘された「水耕稲作」の遺跡は「温帯ジャポニカ」で、遺跡は一千三~四百年前の遺跡で、縄文後期
の遺跡である。


稲作の稲は、陸稲と水稲に大別でき、種としては「ジャポニカ米」と「インディカ米」があり、縄文時代の陸稲
耕作である熱帯ジャポニカ米は、東アジアでは日本固有の品種で、朝鮮や中国には存在していないものである。

この熱帯ジャポニカは、どのような種類のヒトが持ち込んだのであろうか。六千年前である。熱帯地方のヒトの
種として考えられるのは、人文学的にアイヌ人と琉球人の二種のみであろう。

或は、琉球人の(原始琉球人)先祖あたりが沖縄どころか九州地方にも広く分布し、持ち込んだ文化の可能性が
高いのではないか。

琉球人のDNAはまったく本土人と同じであり、人種としての大きな違いは見られないが、形相的に熱帯アジアが
もといであることは容易に推察でき、また九州人にも熱帯アジア的な風貌の人がけっこう多い。

縄文人の特質としては「二重瞼」で彫りが深い、というてんと「耳垢」が乾いていることで、顔はエラが張っ
ており、血液はO型が多く、アルコールには強く、手足は長く、体毛が濃い。前歯が小さめであることなどであ
る。

もちろん、一万年つづいた縄文時代から弥生時代に移り現代まで混血がつづいたのであるから、くっきりと
縄文系、弥生系と分けることは出来ない。


人類がアフリカで生まれ、世界中にちらばった後に大まかに「コーカソイド(白人種)」「ニグロイド(黒人)」
「モンゴロイド(黄色人)」と三種があるが、これらから派生した、たとえばサクソン人、ケルト人、アーリア人
とか、黒人でも黒系や褐色系、黄色人でもインディアンやエスキモー、モンゴル人等、種々に別れるが、

瞼が一重なのはモンゴル系の特質であり、寒冷地で極寒に対応した進化で頬が高くはなが低く、全体に寒気に
対応した平たい相貌をしているのがモンゴリアンで、他の種族は全ての人種が二重まぶたである。





 

「日本人ルーツの謎を解く」(副題・縄文人は日本人と韓国人の祖先だった)

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 2月 9日(金)21時02分30秒
返信・引用 編集済
 





恐らく現代史観に於て、司馬遼太郎氏のいわゆる「司馬史観」とか山本七平氏をはじめ、考古学を語る国内の
中心的な史観として、それは常識的な考古史観として次のような見解が常識的にまかり通っている。


縄文人とはアイヌを含むモンゴロイドの混血と、地理的に混血が遅れた北海道アイヌ人と琉球人と朝鮮から
渡来した「朝鮮系倭人」の混合体であり、特に稲作文化を持ち込んだ朝鮮人が、人口の激減した縄文時代後期に

爆発的に渡来した朝鮮人がその主流を為し、倭人とは朝鮮モンゴロイドが主体であり、天皇家も朝鮮族の
末裔であり、その発覚を恐れて宮内庁では古墳の発掘を許さない、というのが現在の主的思考である。


司馬遼太郎氏や山本七平氏は、というより現代日本の考古学界・人文学界・史学界・言語学界・骨相学・民族界
その他さまざまないわゆる考古研究学会ではこのようになっている。


以前からこれらの常識的解釈に漠然とした疑問があった。

① 縄文時代は「狩猟・採取文化」であり、農耕は原始的な栽培のみであった、という常識的な考古学の世界で
  六千五百年以前に九州で、縄文時代の真っ盛りなのに水耕遺跡が発掘されて歴史は一変したはずである。

② 弥生時代に朝鮮人が、とうじ三十万人ほどの縄文人の世界に、百万人もの朝鮮人が稲作とともに渡来した
  というのであれば、九州や近畿に朝鮮語の地名や方言が皆無なのはなぜか。

③ 弥生時代に朝鮮人が百万人も倭に押し寄せた理由と交通方法が明らかではない。

④ 当時の縄文人が三十万人なのに、百万人もの朝鮮人が押し寄せていたのであれば、日本語の母国語は朝鮮語
  となったのではないか。それが地名や方言にすらその痕跡はない。

⑤ それどころか、韓国の南部では日本の縄文文化の遺跡が次々と発見されている事実。

⑥ 縄文人が狩猟採取で、朝鮮弥生人が稲作というのは誤りで九州や他の西国でも縄文時代の稲作遺跡が発掘
  されている。

⑦ 一万年以上も続いた縄文時代の言語はどのようなものなのか?、少なくとも現日本語のもとい(基)であり、
  朝鮮語や中国語ではなく、文法的には「アルタイ語」系に属するものであり、原始モンゴロイドがもとで
  ある、アルタイ山脈に発するモンゴロイドの原始の形態を色濃く残している事実。


以上、これらの疑問を解決するために、特に「アイヌ学」にその真実のもといがあるのではないか、つまり
アイヌの渡来とモンゴロイドとの接点と融和が日本人の祖先でる「倭人」のカギがあるのではないか、と漠然
と考え、アイヌを研究し、遺跡を研究してきたが、そのひとつの結論が「氷解」した。


書名・「日本人ルーツの謎を解く」(副題・縄文人は日本人と韓国人の祖先だった)
著者・長浜浩明
発行・展転社


あまりに、痛快な文章で、その主張する自論には歴とした根拠(考古学的証拠)があり、その論法は居合切り的
痛快なものであるが、その論拠を為す数字的・科学的仮定(仮説)は決して思想的妄想や言い訳などではなく
しっかりとした科学的論考に基づいているのである。

そして、いままでさして疑問もなく、弥生人→稲作→高度な文化、という日本的常識を打ち破り、東大や京大
はじめいわゆる学会(考古学)が、それぞれの学説の主張者が、それまでの延々たる学会の血脈による学説保持

が学会の使命であるがごとく、一切の事象的証拠つまり「遺跡から発掘された事実に封印」をするために汲々と
してきたのであると、一刀両断にしているのである。

つづく。





 

アイヌについて、

 投稿者:松木孝嗣  投稿日:2018年 1月24日(水)20時10分27秒
返信・引用
 





アイヌについて学習している。それは、私が北海道人としては、郷土の開発の基として屯田兵の活躍は尊敬
するが、それまでこの郷土たる北の大地を狩猟と採取というアウトドアに生きた人々が「先住民」として
存在していたからである。

アイヌ民族の生きていた時代とスキルは、今後とも北海道人の「こころある同志」の未来指向となるのでは
ないかと、漠然と思い至るに当たり、研究・研鑽をしたが、学べば学ぶほど「意外」な本質や事象が抽出さ
れたのである。

アイヌは「民族」として認識するのは誤りであり、部族、親族とその眷属の一類として部落社会を形成して
いたもので、いわゆる「民族」としての条件である、言語・風俗・衣食等の同一性は認められない。

故にアイヌは同一性を基とする「民族」とはいえない、というらしい。これは、その通りである。北海道の
アイヌというのは札幌と苫小牧を結ぶいわゆる「石狩低地帯」から函館の地方と、稚内を中心とする道北と
日高地方から道東方面の、三つの地域に大別され、ヒトとしての「種」にも相違があるらしい。


これは、私にとってかなりの衝撃的な課題であり、あるいは現代の政治・経済という多分に論理的な問題が、
じつは、異質な文化に対する圧迫や現代流のイジメや差別という問題の本質となっているのではあるまいか。





 

差別について考えた

 投稿者:マツキ  投稿日:2017年11月27日(月)19時46分12秒
返信・引用
 





遺跡オタクである。縄文時代は約12000年にわたり続いた有史以前の大文化
である。

自然の中で、自然に逆らうことなく自然の中で自然の恵みに感謝しつつ一万二千年
という気の遠くなるような期間、脈々と人々の暮らしが続いたのである。

この縄文人の文化を色濃く受け継いでいるのが吾が北海道のアイヌ民族である。


しかし、アイヌ族=縄文人ということではないらしい。東北の遺跡や内地の縄文
遺跡に見られるよう、本土にも縄文文化が息づいていたのである。

本年に出版された「アイヌ語地名と日本列島人が来た道(筒井功著)」には、本土
の中でアイヌ語地名に似た地名があっても周辺にアイヌ語地名の無い場合には
単立した地名をアイヌ語とは認め難い、と決定づけているが、これには駁論を
加えたい。アイヌ語地名ではなく、「縄文語」と捉えればほんの一部の地名が
単立して残ったとて何が不思議なのであろうか。

たとえば富士山の名がアイヌ語の火の女神である「フチ」から残った名だとして
もなんら不思議ではない。むしろ縄文語であったフチがなんらかの関連で残った
としてもありうべき話であろう。


「差別」のはなしであった。

こんかい何冊かのアイヌ関連の書籍を読んだ。愁眉なのは「あるアイヌの生涯」
(中本俊二・著)であった。

アイヌ族の出自であるがためにいわれのない差別をうけ、結婚した妻女にもうち
明けるのに命を振り絞る勇気がいったこと、アイヌ族の戸籍が役場では閲覧自由
であり、和人の戸籍帳とは別にカウンターの上に載せてあり、誰でも閲覧ができ

学校では「ア・イヌ!」などと大声ではやしまくられ、いいようのない差別をう
たらしい。


そこで「差別」をあらためて考えるため藤村の「破戒」を再読した。この本は
高校生のときに読んだのだが、当時はワカラナカッタ、のである。

今般、あらためて熟読してやはり、ワカラナイのである。

「穢多(エタ)」とは仏教のせいで屠殺の生業をする者を賎民とされたもので、現在
でも「同和問題」があり、内地では微妙な問題であるらしい。

らしいというのは、北海道には同和問題は無いのである。なぜかというと、北海道
の住民がそもそもそういった類や政治犯や食いつぶし、前科者、一旗組、罪人、
等が多く来たからである。(笑)、

私が子供のころ(約50年前)には、アイヌ部落がまだあちこちにあり、口のまわり
に、刺青をほどこしたメノコ(アイヌ女性)がけっこう居た時代である。しかしすで
に狩猟・採取が生活とはいえない時代であった。

アイヌ族が日本文化を受容し変容したのは江戸時代半ばのことであり、和人が河川
の河口で鮭を捕り、塩蔵技術で大量の鮭を取り始めたからであり、産卵後の鮭しか
取らず、塩蔵の技術がなかったアイヌ族は塗炭の苦しみをうけることとなった。

これ以降、和人の漁労に従事するアイヌが多くなり、アイヌ文化そのものが衰退し
和人の文化を受け入れる以外に生活の糧を得る手段がなくなったのである。

それまではアイヌ族は狩猟と漁獲、採取、交易によってアイヌ文化の興隆を築いて
いたのである。


鎌倉時代の初期、日本では鎌倉新仏教の祖師たち、もちろん日蓮聖人も活躍していた
時代、アイヌ民族はオホーツク文化の「アシハセ」を取り込み、樺太アイヌを従い、
あの、元寇の「元の国」と46年にわたり戦闘を続けていたのである。

NHKの大河ドラマ「時宗」の中で弘安の役のとき、異相の人物がワンカット出て
いたがも、じつは弘安の役のときはアイヌ人も参戦していたのである。

鎌倉時代から江戸時代初期にわたり、北海道アイヌは元との交易で「蝦夷錦」等の
繊維や、最高級の矢羽根である大鷲の尾や、クマの毛皮、クマの油、毛皮などを
交易して莫大な収入を得ていたが、後に松前藩の搾取によって衰退した。


ところで、「穢多」「アイヌ民族」「マタギ」という三種の狩猟(屠殺)分化をもつ
人種が同じ時代にもいたわけだが、何故「穢多」のみが差別の対象となったので
あろうか。北海道のアイヌ族でもこれほどひどい差別はなかったのではないか。

まあ、就職に難があったとかアイヌ族だけが過酷な作業に従事した、などというこ
とはなく、も同じ北海道人も似たような境遇のものは大勢いたのである。

また、秋田の「マタギ」なども狩猟・採取で、冬季に得た獲物のクマの毛皮や、
クマノイ、クマの油などをも、夏期に各地で売り歩いていた(交易)のである。

穢多は別名「長吏(ちょうり)」藤村の「破戒」では「調里」となっているが、
鎌倉時代に頼朝から特別な地位を与えられ、租税を免除されていた、浅草の
「団左衛門」というのが穢多の惣領であり、江戸の地図では穢多の住居は空白と
なっている。なお、「団」というのは通称で「矢野」が事実らしい。

考えられるのは、アイヌ民族が蝦夷地方という島国にあり、マタギは東北の山間
であり、穢多が民間の中で屠殺による皮革製品を製作し、おまけに非税だったから
ではないのか。

アイヌ民族、マタギ、穢多ともに「肉食文化」をもち、穢多のみが民間の中に
あったせいではあるまいか。江戸城の太鼓の皮、三味線の皮、雪駄の底、その
他、武士の必要な「武具」の装飾や部品等、民間の高級品を産業としていたの
が「穢多」である。


ちなみに北海道には、他人と交わらない部族というか部落というか、そのような
集団はたしかにあちこちにあった。租税のかからない河原に集落をつくり、日雇い
や、資源回収等を生業とし、一般人と交わらなかった集団はたしかにあった。

私が知っているのは旭川の旭橋にあった「サムライ部落」で、このような集落は
日高地方や海縁の地域にもあったようである。そういえば穢多のことを「河原者」
ともいうようだが、彼等が何物であったかは不明である。





 

しばらくニセコ、倶知安方面に出張だった。

 投稿者:マツキ  投稿日:2017年11月 8日(水)18時10分45秒
返信・引用
 




この間、読んだ本が20冊ほど、特に「遺跡オタク」の私としては、

「アイヌ学入門(再読)」「アイヌと縄文」「アイヌ伝承と砦」「アフリカで誕生
した人類が日本人になるまで」は深い感銘を受けたのである。

また、「縄文人はどこから来たか」「縄文人は何処へ行った」は現役の学芸員の
執筆になるもので一段と縄文時代から現代までの流れが括られたことに学恩を感
謝するのみである。

帰ってから、ふたたび近隣の遺跡をまわると今まで感じなかったものの見方がか
わり、縄文人の生活や生き方に感銘をうけたのである。

千歳の「ウサクマイ遺跡」は一般人は立ち入りが禁止されているのだが、「ナイ
ベツ川」添いの川岸は釣り人が多く入っているようで、そのくらいの川域ならべ
つにいいだろう、と思い歩いてみたら、鹿のあしあとが多く、クマのあしあとを
見て、ギョッとしたのである。(笑)、

位置的には、道道の「支笏湖千歳線」で、蘭越のあたりで、この遺跡は介護施設
の施設域を通ることになる。介護施設からわずか30メートルほどで、夕暮れに
なると、鹿やクマが歩き回っているのである。(笑)、



 

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